眠りましょう、隣で



 


「くっ…利休にはまんまと逃げられてしまった、次こそは斬り落としてくれる!」

『んんー…やっぱり石田君は帰巣本能で帰ってこれたけど、』

「利休君が戻らないね…まぁお腹がすいたら帰ってくるだろう」

『だといいですけど』




夕飯も終わりみんなが寝支度を整える頃、利休先生たちを追って飛び出した石田君が帰ってきた。1人で

先に逃げ出した彼らは戻らない。心配するなと半兵衛様は言うけど、本当に大丈夫かな




『こっちじゃ空飛ぶ人間なんて珍しいから、騒ぎになるかもしれないし…』

「…いや、僕らの時代でも珍しいのだけどね」

「心配するなゆの。明日こそ見つけ出し、私が必ず叩き斬る」

『それは別の意味で心配なんだけど…まぁ、サビ助先生もいるから大丈夫かな』




なんだかんだサビ助先生と話した回数は少ない。けれど彼なら何とかしてくれる…気がする

ここで悩んでも解決するわけじゃないし、と私はいつも通り考えるのをやめた。それに気づいた半兵衛様がうんうんと頷いて




「僕も明日、探してあげるから。今日はもう休むといい」

『はい…』

「念のため、私はゆのの部屋の前に控える。何かあれば叫べ」

『え、石田君、今日も見張りするの?利休先生たち帰ってきてないのに』

「いつ戻りまた部屋に忍び込むか分からんからな。ちなみに、窓の外の見張りは真田に任せてある」

『幸村君も巻き込んでるし。幸村君ー!なんかごめんねー!』

「なんのこれしきっ!!某に任せよーっ!!」

『あ、窓の外から返事が返ってきた』

「はぁ…たぶん幸村君も乗り気で引き受けてくれたと思うから心配ないよ」




心配ない、と言いつつ半兵衛様は頭を抱えていた。半兵衛様と幸村君には明日、何かお菓子でも買ってあげよう

とにもかくにも扉の外には石田君、窓の外には幸村君。この包囲網ならサビ助先生も部屋に入れやしないだろう




『じゃあ、おやすみなさい』

「ああ、おやすみ」

「真田っ!!寝落ちるなどという失態は許さんぞっ!!」

「心配めされるなっ!!今夜のために、昼寝はたっぷりしたゆえっ!!」

『まさかの準備万端』

「さて、僕の心配は杞憂に終わるといいが…」





…それは無理な願いだと思います
























『はぁ…とはいえ、少なからず心配になるよね。雨、降ったらどうしよう』




二人が部屋から去り、私も寝支度を整えたのはいいけどなかなか寝付けない

ああは言ったけど、やっぱり心配は心配だ。石田君が怖くて戻ってこられないのかも…ワビ助先生ならあり得る





『…私も明日、探しに行こう。二人がいるとしたらあの木の下かな』

「あそこ行くのか、じゃあ己らも一緒に連れてってくれよ」

『んんー…バレたら佐助が怖いけど、バレなきゃいいんだよね』

「………………」

『………………』

「………………」

『…………え?』

「よう、こんばんは…てか?」




ギシッ、


ベッド脇に座る私の隣にドカリと腰かけた大きな影

そして私しかいないはずの部屋で聞こえたのは、最近毎朝目覚めと共に聞く声だった




『え…あ、サビ助先せ−…むぐっ!!』

「おい馬鹿、石田に聞こえちまうだろっ」

『むぐぐっ……ぶはっ、うん、部屋の外にも窓の外にも人がいるんだけど。どうやって入ったの?サビ助先生ってマジシャン?』

「ぁあ?入れるわけねぇだろ。御前が鍵閉める前に忍び込んでんだよ」

『まさかのネタばらし…とりあえず、お帰りなさい?』




いやいや呑気にお迎えしてる場合じゃない

つまり彼は寝る前に部屋に忍び込み、身を隠し、私が寝落ちると同時に布団に入り込んでいたそうだ


さすがの私も驚きだ。それをしれっと報告するサビ助先生は、今も平気な顔でベッドに座っている




『えーっと…サビ助先生、』

「あ?なに畏まってんだ。同じ布団で寝る仲だろ、なぁ?」

『いや、まぁ、うん。そうなんだけど…なんでわざわざ私の布団に入るのかなって』

「はっ、聞きたいか?」

『聞きたいっていうか気になるし。だって人肌恋しいなら、私じゃなくても慶次とかなんとかべ君がいるじゃない』

「………………」

『あ……』





睨まれた、


さっきまでおちょくったようなサビ助先生が、眉間にシワを寄せ鋭い目を向けてくる

その目は私もよく知っている。この時代に来て直ぐの頃の石田君と同じだった、久々のそれにゾクリと背筋に冷たい何かが走る





『え、と…』

「人肌恋しい、な…まさか御前にそう言われるとは思わなかったぜ」

『あの、何か、気に障ること言ったならごめん。私そういうのよくあって…』

「聞いたかワビ助?この女に自覚はないんだとよっ」

『…ワビ助先生?』

「…直接話したい、だぁ?己がそれを許すと思ってんのか、」

『っ…………!』




ああ、これは、まずい


とにかく逃げなきゃと私が動くより先に、隣のサビ助先生が手首を思い切り掴んできた!

ピンと張った腕の先…空いた方の手を額に当て、もう1人の彼に語りかける





「御前がどんなに感情を解ろうとしても、他人は御前の感情なんか知ったこっちゃねぇんだ」





感情−…





『っ、あ、うわっ!!』





ガッ!!!




目の前の彼が大きく動いたかと思えば、次の瞬間には視界いっぱいにサラサラとした細長い金髪

私に降り注ぐその向こうで、見下ろしてくるサビ助先生の怖い顔。お腹にずしりとした重み、ああ、これは、いわゆる押し倒されたってやつだ




「はっ、絶景哉?」

『…サビ助先生、ちょっと落ち着いて話そう。さすがに、これは…』

「己は冷静なつもりだ。冷静に見て、御前が気に入らねぇ」

『………………』

「御前に懐いてる石田を呼んでみたらどうだ?それとも真田か?一緒にじゃれてる前田と将軍か?」

『なに…』

「気に入った野郎は仲良しこよしで侍らせといて−…」

『っ……!』




ぐっと前髪を掴まれ引っ張られたかと思えば、すぐ近くまで迫るサビ助先生

さっきまで怖い顔だった。なのに、今は…






「ワビ助をっ…腫れ物みたいに扱いやがって!あんな離れた部屋に押し込んで、何が己らのためだっ!!」

『っ…………』

「はっ、言い返してみろよ。それとも助けを呼ぶか?御前の犬ならすぐ駆けつけるだろうぜっ」

『……………』




ものすごい剣幕で怒るサビ助先生。これじゃ私が助けを呼ばなくても、そのうち石田君か真田君が気づいてしまうだろう


いや、それよりも彼が私に向けた言葉。ようやくあの日、部屋割りをした時に見たワビ助先生の表情の意味を知る

そして今…サビ助先生が私に向ける表情の意味も。言い返せと言う彼に、私は、言葉の代わりに−…





『………………』

「っ、……何のつもりだ?」

『ううん…ごめんね、て』





押さえつけられてない方の手で、サビ助先生の頭を撫でた





「…己を馬鹿にしてんのか」

『ううん違う。ただ、ごめんねって。言い訳だけどワビ助先生は私と同じだと思ってた』

「アイツと御前が同じ?」

『…人との距離感が分からないとこ。だから集団生活とか苦手だと思って、あんな部屋に、割り当てて』

「………………」

『だからごめん。ちゃんと私が、ワビ助先生のこと分かってたら…サビ助先生がこんな寂しそうな顔、する必要なかったのに』

「っ、ぁあ゛?」

『む……』




パシッ


伸ばしていた手が払われ、迫っていたサビ助先生が身体を起こし遠ざかっていく

そして怪訝そうな顔。あ、なんか今夜はいろんなサビ助先生の顔見てる気がする




『っ、ふふっ…あははっ』

「…何がおかしい」

『あ、ごめん。サビ助先生って面白いし、優しいねって』

「はぁ?」

『ワビ助先生のためにそんなに怒って、意地悪した私と闘って。だから優しいね』

「っ…押し倒された御前が言うと、馬鹿にしてるようにしか聞こえねぇよ」

『馬鹿にしてない、馬鹿にしてない…本当にごめんなさい』

「………………」

『うぐっ』




私を見下ろしたまま何か考えていたサビ助先生が、再び私の前髪を掴み顔を覗き込んでくる

痛いけど自業自得なんだろう。そう受け入れていると、直ぐ目の前で彼が口を開く




「…嘘じゃないな」

『ん…?』

「本当に、ワビ助のためを思って選んだ部屋割りだな?」

『…うん。私なら他の人と離れた静かな場所にいたいから。でも…』

「………………」

『…やっぱり、寂しいかなぁ』





ひとりぼっちは嫌だなぁ、


大人数も嫌だけと、寂しいのも嫌だ。それはきっと、物心ついた頃から唯一無二の幼なじみとだけ過ごしていた年月が培ったワガママ





『軽率すぎたよね…ごめん』

「…もういい、」

『………………』

「そう、ワビ助が言ってるからな。己ももういい…御前と話してると疲れる」

『んんー、それもよく言われる。ごめんね』

「謝るな、あ゛ー…本当に疲れた」

『むぐっ…ちょ、え、サビ助先生?』

「うるせぇな、黙って寝ろ」

『いや、寝るなら自分の部屋…』

「あの部屋は、寒い」

『…あ、そう、じゃあ、おやすみなさい?』





次の瞬間、彼はバタリと寝転んだ…私の隣、私の布団に

いやいやいや待って。さっきまで痛い目合わせてやるぞって対応してた女と寝るって……いや、まあ、いっか




『…サビ助先生って、物好きだね』

「ああ…己も今、自覚した」

『はい?』

「………………」

『サビ助先生?サビ助先生…え、ほんとに寝ちゃった』




…彼は、どこでも寝られるらしい

閉じた瞼はピクリとも動かず、私はその顔を眺めつつ…散らばった長い髪を寄せて、自分の眠るスペースを確保した





『…おやすみなさい、利休先生』





私も、なんだか疲れた


























『んっ……ふぁあ、あ…あ?』

「………………」

『お、おぉぉ…!やっぱり、夢じゃなかった』




朝、目を覚ますと当然だけどサビ助先生が同じ布団で寝ていた

寝起きドッキリにしては質が悪い。目の前には金髪の男。そしてその腕は、私を包むみたいに背中へ回されているんだどうしよう




『だ、抱き枕…おーいサビ助先生、朝だよ、起きよう、いや起きて』

「ん…………」

『っ!!!!?』




彼の肩をとんとん叩いた瞬間、さっきより力いっぱい腕が回され距離が近づく

いや、待って、恋愛経験皆無な女にこれはキツい。それよりいつもなら直ぐ起きて…あ、





『…今までは、眠りが浅かったんだね』





そりゃそうだ。彼にとって私は、もう一人の自分の敵だった。警戒してて当然で

…誤解の解けた今だから、こうやって安心して眠ってくれてるのかな




『いやいやいや、それとこれとじゃ話は別だって。起きようサビ助先生、私、会社ある』

「………………」

『…………はぁ』





…仕方ない、最終手段だ

私は未だ寝息をたてる彼の背中に手を回し、軽く叩いて呼び起こしてみる

もちろんサビ助先生は起きない。だから、彼の内にいるもう一人の…





『ワビ助先生、ワビ助先生。思いきり胸が当たっちゃってる感じですが、そこのところどうお考えですか?』






・・・・・・・・。





「うっ…」

『う?』

「っ、う、うわぁあぁあっ!!!すみませんっ!!!すみませんっ!!!すみませんっ!!!!」

『あ゛』




ガッシャァアンッ!!!





「何事だゆのっ!!?」

「ご無事かゆの殿っ!!!…あ゛」

「あ゛」

「あ゛」

『………………』





ワビ助先生が飛び起きた瞬間、部屋の扉と窓が蹴破られ石田君と幸村君が飛び込んできた

そして…まぁ、うん、あれだ





『…おやすみなさい』




次に目が覚めたら、この修羅場が終わっていますように




20160404.


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