私の知らない話



『えーっと…ここに判子押して…あとは…』

「ん?どうしたゆの。お前、引っ越したのか?」

『はい、あとで片倉さんには新しい住所を連絡しますね』




会社の昼休み。住所変更の届け出をのそのそ書いていると、背後から片倉さんが覗き込んできた

引っ越した…と聞いた瞬間、彼は不思議そうに首を傾げる。強面な片倉さんの可愛い仕草、似合わな…いやなんでもありません




「物臭なゆのが引っ越しとは…佐助か?」

『もちろん。手配は全部、佐助任せです』

「だろうな、だが何故急に…ああ、」

『んんー?』

「…あのストーカー連中か。確かに退けるには引っ越しが一番だな、佐助も心配してただろ」

『あ、いえ、彼らはストーカーじゃ……まぁはい、そうですね』




…そうだった。先日、私と石田君のデートを見張っていた慶次と利休先生、そしてなんとかべ君

そんな彼らを捕まえたのが片倉さんだった。詳しくは教えてくれなかったけど、あの3人の怯えよう半端じゃなかったご愁傷様です




『片倉さんがこってり絞ってくれたので大丈夫だと思います』

「いや、心配だな。特にあの銀髪の男…ありゃ腹の中にいろいろ抱える野郎だ」

『銀髪…なんとかべ君?片倉さん、そんなの分かるんですか』

「ああ、同属嫌悪ってやつか」

『へ?』

「よし、しばらく家まで送るか。佐助も毎日迎えに来れやしねぇだろ」

『あ、いえ、片倉さんにそこまでしてもらうのは申し訳ないです』




実際、そのストーカー(仮)と同棲しているわけだし

そんなこと片倉さんに言えるわけない。この人はいつもいつも、こうやって私を心配してくれるけど




「俺が一緒だと迷惑か?」

『そういうわけじゃ…』

「Ah?こりゃまたずいぶんとヘンピな場所に引っ越したな。この辺り、何もねぇだろ」

『あ』

「っ−……!」

「ま、引きこもりなゆのには関係ねぇか。なんならオレが、車で迎えに行ってやるぜ」

『政宗…』

「政宗様っ!!」




机に置いてあった書類がピラリと奪われ、いつの間にか隣にいた男…政宗が、書かれた住所に不満を漏らす

そんな彼の登場。昔からの知り合いである片倉さんも、相変わらず神出鬼没な政宗に頭を抱えた




「政宗様、また勝手に…大学はどうされたのです」

「ゆのがストーカー被害受けたって聞いてな。直虎の奴がオレに疑いの電話、かけてきやがった」

『げ、直虎にバレてるの』

「怒り狂ってたぜ、それで引っ越しなぁ…もっと人気のある場所にした方がよかったと思うが」

『……ルームシェア、だから』

「ルームシェア?」

「ゆのがかっ!!?」



ここにきて珍しく、あの片倉さんが大声をあげる

そりゃ驚くよね私がルームシェアなんて。黙っててもバレそうだし、同棲と言うよりずっといい




「ほう、なるほど…」

「…政宗様、ゆのとルームシェアなど馬鹿なお考えは御捨てください」

「まだ何も言ってねぇだろ。だがいいな、大学を卒業すればオレもそこ入るか」

『んんー…さすがに未来の社長を、あの建物に住まわせるのは気が引けるよ』

「じゃあアンタがオレの家にくるか?」

「政宗様、」

「睨むな小十郎、OK、ゆのとの同棲はまた別の機会として本題だ」

『む』




…やっぱり、何か大事な用があったんだ。チャラけてるようでいてこの政宗は本当に侮れない

声のトーンも変わり、さっきまで呆れてた片倉さんも表情を引き締めた。あれ、私、席外した方がいい?





「…この街の再計画、知ってるか?」

「はっ…なんでも一角を工業地帯にする動きがあるとか」

「ああ…オフィス街ならまだしも時代錯誤な野郎がいたもんだ。だが、この近くの企業を調略しようとしてるみたいだぜ」

「…まさか、お父上も」

「時間の問題だろうが、オレはまだこの会社と無関係な学生だ…動けるか、小十郎」

「もちろんです、どうかご指示を」

『………………』




…政宗のことは彼が義務教育な頃から知ってるけど、片倉さんとの関係はよく分からない

そして二人の話も。工業地帯化なんて、私には関係のない話なんだろう




『…今日は佐助が来る日だから』






晩御飯は美味しい煮魚が食べたいな、























「だぁから何回も言ってるじゃないですか社長。俺様、その取引だけは勘弁してくださいって」

『あ…佐助?』

「いや確かに俺様の口があればちゃちゃっと片付けちゃいますけど…はい…はいはい…」




会社から新居に帰宅すると、門の前にはすでに佐助が来ていた

晩御飯を作ってくれていたのか、彼にお似合いな迷彩柄のエプロンを身につけている。ただし今はお仕事の電話中らしい




『佐助の仕事…あんまり聞いたことなかったなぁ、営業かな』

「ん…帰ったか、ゆの」

『あ、ただいま石田君。佐助、ずっと電話中?』

「ああ…あのカラクリが鳴った瞬間、酷く難しい顔をして家を出た。真田が過剰に心配をしてうるさい」

『ふぅん…』




…で、幸村君があまりにも心配するから石田君が様子を見にきてくれたのか

玄関に立つ彼と、再び佐助に視線を向けるが…まだ会社の人と話を続けている




「社長の頼みならなんでもどんとこい何ですけどねー、その仕事だけは…はい、ほんとすみません…」

「…しゃちょう、とは誰だ」

『えーっと…主だよ、主。私にとっての政宗のお父さん』

「猿飛の主は真田ではないのか?そうでないならば武田信玄か…」

『んんー…えっと、佐助の会社の名前は確か…』

「はいはーい、じゃあまた別のお仕事で…はい、失礼しまーす……はぁ、まったく…あ、お帰りゆのっ」

『うん、ただいま佐助』




石田君との会話の最中、やっと電話を終えた佐助が話しかけてくる

その表情はいつもの佐助…でもさっきまでは、営業トークには似合わない渋い顔をしていた




『佐助、仕事忙しいの?』

「ん?んーん、うちの社長が面倒なお仕事持ってきてさ。お断りしたけどね」

『…断って大丈夫なの?』

「…ゆのは心配しなくていいよ。俺様がなんとかするからさ」

『んんー?』

「さて、晩御飯作らないとね!今日は煮魚だよ」

『え、私、ちょうど煮魚食べたいと思ってた』

「でしょでしょ?俺様、ゆののことなら何でも分かるんだから」




怪訝な顔した石田君のことなんか気にせず、私の肩を抱いて家に導く佐助。さっきの電話については触れない

…まあ、佐助がどんな仕事をしてても関係ないんだけどね


佐助は私のことをよく知ってるけど、私は佐助のことをよく知らない





20160326.


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