迷子犬は思いました



 




「…いやぁ流石はゆのちゃん。あの甘味をぺろりとたいらげちまったな」

「ふふっ、でもとても幸せそうに食べますね。見ているこっちも清々しいですよ」

「ん?あれ、利休大先生ってああいう子が好みかい?」

「そ、そそそういう意味じゃありませんっ!!」

「おら前田慶次、いちいちそんな話に持ち込むんじゃねぇ。ゆのと石田が席を立つぞ」

「お!次はどこ行くのかな、もちろん追うよっ」

「…はぁ、石田には悪いことしたな」




石田とゆのの逢引をこっそり盗み見る俺たち。町を歩く連中が俺たちを指さすが、興味はないのかそのまま歩き過ぎていく


男と女の話。それに心躍らせる前田に対し、俺と千利休は少なからず罪悪感を感じていた

誰にかって聞かれたら石田に。そして猿飛にバレた時のことを考えたなら、これ以上関わらないのが賢明だ




「…だが引き続き追ってるのは結局、俺もアイツらが気になってるってか」

「諦めなよ元親。男女の仲ってのは古今東西、誰でも興味津々ってわけさ」

「くそっ!!アンタと一緒にされるのは腹立つっ」

「酷いっ!!」

「あ…三成様たちが店を出ますっ」

「おっと!じゃあ早速追わないとねっ!!三成って奥手そうだから、ぐいぐいいかないと他の奴に盗られちまうよっ」

「ほう、相手はそんなにいい女なのか?」

「いい女…というか放っておけない子?なんか面倒みてやらないと…いけ、な…い…?」





・・・・・・・・。






「うおっ!!!?」

「うわっ!!!?」

「ひっ!!!?」

「なるほどな…ところで相手の女、俺の知り合いに似てるんだが気のせいか?ぁあ?」




さてアイツらを追うぞ、そう物陰から出ようとした俺たち

その中にいつの間にか混じっていた男は、前田慶次の長い髪と俺の頭をガッと掴み引き寄せる。ドスの利いた声。振り向けば恐ろしい顔


ああ、そうだ。独眼竜が呼んでたじゃねぇかコイツの名前を






「こ、ここっ…小十郎っ!!?」

「熱出して会社休んでるゆのを外で見かけたからな。もう治ったのかと思いきや、テメェらがコソコソ盗み見てやがる。ゆのに何か用か?」

「よ、用と言えば用があるけど、は、ははっ…!」

「笑って誤魔化すんじゃねぇよ」




誤魔化してるわけじゃないが、まさかこんな場所で右目に見つかっちまうとは

視界の隅でゆのと石田が店を出て行くのが見えるが…動けねぇ。いまだガッシリ掴まれてるからだ




「誤解です!僕たちは彼女の友人でっ…!」

「嘘つけ、ゆのに友達がいるわけねぇだろ」

「げっ、この小十郎、ゆのちゃんのこと詳しい…!」

「ストーカーは佐助だけで十分だってのに…おら、詳しく話聞かせてもらうぞ」

「あ゛ぁあ……!」




いくら言っても無駄のようで、だが他に証明しようもなく

遠くなる二人の背中を見送った後、俺ら三人はどうしたもんかと顔を見合わせた


…罰が当たっちまったのかもな





















『…石田君が来たかったのってここ?』

「………ああ」

『石田君と来るのは禁止にされてたけど…あ、もちろん佐助には内緒だからね』

「当然だ」

『また誰か来ちゃうのかなー、この木の上から』




石田君の行きたい場所に行こう。そう提案すれば彼は、どこよりも先にこの裏山の公園を指定した

出会いの場所で別れの場所。彼らが時代を超えて降り立った初めての地だから、思い入れは強いはず


木の下に立ち、空を見上げる彼。そんな彼を遠目に、少し、一人にしといた方がいいのかなと思う




『…飲み物買ってくるね』

「………………」

『……ごゆっくり』



















「…秀吉様、私が不甲斐ないばかりに半兵衛様までもこの奇怪に巻き込んでしまいました」




一人になった。その時、自然と口から出た言葉は遠い時代にいる秀吉様へ向けたものだった

許しを請いはしない。それは元の世に戻り、秀吉様の前で深く頭を下げながら告げるべきだ。今は半兵衛様と共に、手掛かりを探すのが先決





「…貴様は、どうしている」





未来で過ごす私が気がかりなのは、あちらに残した友のこと

奴は私の消えた豊臣で、どう過ごしているのだろうか。私を探しているのだろうか





「…貴様は、どんな思いだった」





次に問いかけたのは、この木の下に眠るというゆのの友に向けて

あのものぐさな女が今も思い続ける友。やる気がなく、熱意もなく、ただ猿の人形のように生きる女が唯一思いを向けている





「…どのような思いで、ゆのを遺して逝った」





私ならば−…







『石田くーん、炭酸とお茶、どっちがいい?』

「っ……炭酸、は先日、飲もうとした長曾我部が盛大に噴き出した。ゆえに私は飲まん」

『あ、やっぱり。はいお茶どうぞ。こっちは私が飲むね』

「……………」




気の抜けた声に振り向けば、飲み物の入った器を手に歩み寄ってくるゆのが見えた

…存外、早く戻ったのだな。答えが返ってくるとは思っていないが、もう少し待ってみてもよかったのではないか


そう思いながら、茶を差し出すゆのに手を伸ばせば−…





『あれ−…』

「っ!!!!?」





ゆのから声が漏れるが先か、私の視界の隅に何かの影が入るのが先か

いや、それよりも先に私が動いた





「ゆのっ!!!」

『あ、わあっ!!?』





女の名を叫ぶと共に、その腕を引き寄せ地に押し倒した!

その次の瞬間には迫った影が頭上を掠め飛んでいく。身体を起こし身構える私の隣で、やはりだが女は暢気だ




『うわ…デジャヴ。私、ここにくるたび命の危機だよね。ほんと憑かれてるのかな』

「もう少し気を引き締めろっ!!貴様が狙われたのだぞっ!?」

『え?』

「〜〜っ!!!」




今し方見えた“何か”は確実にゆの目掛け放たれたもの

その“球体”には覚えがある。だからこその怒りと、それを越える疑念がわく


何故だ、何故貴様がここにいる…!









「答えろ刑部っ!!何故、この女に攻撃を仕掛けたっ!!」

『え……刑部…?』

「ただの挨拶よ、挨拶。殺気は込められて無かったはず」

『あ−……』
















石田君の背中越しに見た木。その上からふわりと降りてきたのは真っ赤と真っ白。周囲にぐるぐると舞う数珠は、今さっき私たちに飛ばされたものだ

ヒッヒと掠れた声で笑う男は、ギロリと睨む石田君に向けてわざとらしく両手をあげた。刑部と呼ばれた彼。なんとなく、何度か名前を聞いたような気がする





「ヒヒッ…まあ落ち着け、ぬしが本物の三成だと確信が持てなかった。ゆえに警戒しただけだ」

「それでも他に方法があるだろうっ!!?わざわざ攻撃をせずともっ!!」

『石田君、石田君、それ石田君が言えることじゃない気がする』

「ゆのは黙っていろ…!」

『うん、分かった』

「…三成、その娘は?」

『娘と呼ばれる年齢じゃないけど海月ゆのですはじめまして』

「……………」




黙れって言ったのに私が返事をしたからか、石田君がすごい怖い顔で睨んでくる

その様子を見て不思議そうに首を傾げる男。アナタが浮いてる方が不思議なんだけど…まぁ、いっか




「海月ゆの…ぬしが噂の怨霊か?」

『ううん、むしろ石田君が落ち武者の怨霊さん』

「三成、ぬしはいつから死人となった」

「だから貴様は黙れゆの…!そして私は死人ではない!もちろん、貴様もだ刑部」

「…ああ、分かっておるわ。無事で何よりよ、われはこの数日謀もままならなんだ」

「…………ふんっ」

『……………』




男の言葉は本心か分からないけれど、石田君はなんだか嬉しそうだった

よかったよかった、石田君の元気が出て。佐助が怒るのは確定だからそこはよくないけど




「しかし…その女が三成の味方であるとして、ここはいったい何処だ?われらは…」

「それは後で説明する。今は一度、ゆのの家へ戻るぞ。半兵衛様もいらっしゃる」

「ほう…やはりか、それは心強い。今は再会を喜ぶとしよう」

「…ああ」

『うん、いらっしゃい刑部さん。それじゃ早速…』

「ああ、待ちやれ」

『んんー?』

「…この女は敵ではない、ぬしも降りてこい」




振り向いた刑部さんが木の上に声をかけると、枝や葉がガサガサと音を立てた

誰かがいる。いつもそう。初めの石田君以外、戦国武将は必ず2人ずつ未来にやってきた


もう1人の武将は−…






「うむっ!!しばし待たれよっ!!」

『え……』




ガサリッ!!そう大きくしなった木の上から、真っ赤な何かが落ちてきた

そして勢いよく私たちの目の前に降り立ったのは、真っ赤な衣装の男の子


長い後ろ髪と赤い鉢巻きを揺らし、首もとのネックレスも音を鳴らす。バッと顔を上げた彼の名を石田君が叫んだ





「真田っ!!?」

「ヒーッヒッヒッヒッ!!」

「石田殿っ!!お久しゅうござるっ!!」

『おおお…』





噂の真田幸村君がやって来た





20160210.


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