迷子犬と散歩しました



−大坂城




「…次はこの文を届けよ。われより与えられた任ではなく、豊臣のためと心得てな」

「はっ!!!」

「……はてさて三成は、賢人は、どこで何をしているのやら」




手紙を懐へと仕舞い、急ぎ城を出て行った豊臣の兵。その背を見送り曇りし空を見上げる


…竹中半兵衛が消えた。その噂は豊臣を、大坂を、日の本を震撼させるには十分すぎる

ただの噂だと警戒する者もあれば、これが好機と動き出す者もある。だがその大半は、己の身をあんじ震え上がるばかり


次はいったい、誰が消えるのか




「この豊臣をわれのみに任せるつもりか。なんと無責任な…われは…」




豊臣の左腕が消えた。かの将軍が、西海の鬼が、風来坊が、茶人が、あの毛利も恐らく

この日の本に何かが起きている。それは間違いないことだ、そんな中、われにできることなど限られていた




「…西の将が続けざまに消えては、東の将が調子に乗る。まずは狭間を押さえねばなぁ」





文の届け先。賢人もわれと同じ立場にあれば、真っ先に奴と繋がろうとするはずだ





「……真田幸村、」























『あー…うどんも美味しいし好きだけど、やっぱりお肉とかお魚食べたいよね石田君』

「…病人が何を言う」

『おかげさまで元気だよ。明日から仕事にも行くし、ご飯もいつも通りになるから』

「……そうか」

『…心配かけてごめんね?』

「…心配などしていない」

『うん、そっか』




ズルズルとうどんをすすりながら向かいの石田君を見ると、彼はとっくに食べ終えぼんやり外を眺めているところだった


私が倒れて一週間。もう熱も下がり、普段と同じ生活を送ることができている

ただ佐助が何か言ったのか半兵衛様や毛利さん、利休先生となんとかべ君は少し私との絡みを減らしているらしい

対する義輝様はそんなの関係ないらしく、同じく彼の保護者兼お友達な慶次も変わりない



ただ石田君はそれと別で、少し元気がない様子だった





『…私が倒れた時、利休先生と喧嘩したの?』

「っ……誰から聞いた?」

『なんとかべ君。あと半兵衛様からも。石田君には謝っときなさいって』

「…半兵衛様の前で失態を演じたのは私だ。理由は分からんが、あの時、冷静さを失った」

『理由、分からないの?』

「ああ…とにかく、貴様を抱えている利休を斬らねばと思った」

『…めちゃくちゃ物騒』




自分の手のひらを見つめ、そう呟いた石田君の横顔は困惑しているみたいだった

半兵衛様に叱られ落ち込んでる石田君。理由は分からなくても原因は私にあるわけで、体調が回復した今、私にできることは…





『…一緒にご飯食べに行く?』

「は?」

『あ、いや、お礼とかお詫びだと食事かなーって安直に思っただけ』

「…こちらの世では当然なのか?」

『あ、うん、当然というかありがちかな。石田君が嫌なら止めとくけど』

「………………」

『………行く?』

「………………」




私の問いかけにしばらく黙りな石田君。けど悩んで悩んで悩み抜いて、視線はよそを向いたまま彼はボソッと呟いた





「…………行く」





あ、やっぱりこの子可愛い

















「…という二人の会話を聞いちゃったら、こっそり後をつけるしかないよね!」

「…前田、アンタほんと色恋沙汰の話になるとイキイキするよな」

「そう言う元親だってちゃっかりついてきてるじゃないか。気になるだろ?三成とゆのちゃんの逢引っ!!」

「…何故、僕まで巻き込まれているのでしょうか」

「いやいやここはさ!利休大先生のお力で、三成の初逢引を実況して欲しいわけだよ!ドキッとしたとかバクバク高鳴ってるとかさ!ねっ!!」

「そ、そんな便利な能力ではありません!」

「おら、もう少し静かにしろ。気付かれちまうぞっ」




目をキラッキラに輝かせる前田と、申し訳なさそうにだが興味深げに視線を向ける千利休

そして何だかんだ二人が気になる俺は、揃って物陰に隠れ成り行きを見守る


道の先を歩く石田とゆのは一緒に飯を食いに行ってるらしい。石田に心配かけた詫びだとか何とか。ただ前田に言わせりゃあれは逢引なんだと




「いやー、いいねぇいいねぇ!あのお堅い左腕様と年上お姉さんの恋!見てるこっちがワクワクしてくるってもんだっ!!」

「あ゛ー…ワクワクはいいが、猿飛に言うんじゃねぇぞ。あと気が早い」

「そんな野暮しないって!ちゃんとこっそり見守るよっ」

「…心配だな」

「あ…二人が店に入りましたっ」

「おっ!!どんな洒落た店に入ったんだっ!?」

「茶屋ですね」

「……ん?」

「茶屋です」



















「…な、何だこれは」

『スーパーデラックス山盛りパフェ。一度、食べてみたかったの』

「でらっくす…?大半の意味は分からんが、山盛りの言葉通りだな」

『これ、制限時間内に食べきったら無料なの。レッツトラーイ』

「あ、ああ…?」








「おい、石田の表情が引きつってるぞ大丈夫なのか」

「す、すごい甘味だ…あれ、ゆのちゃん全部食べるつもりなのかな?」

「あ゛、食べ始めました」

「う゛ぇっ…見てるこっちが胸焼けしてくるぜ」




店の窓から覗いた先で、石田とゆのは仲良く机を挟み座っていた

その真ん中にドンッと立つ甘味の山は、前にゆのが食いたいと言ってたぱふぇー。未来の料理に詳しくない俺らでも、見てるだけでその甘さが想像できる





『石田君もどうぞ、美味しいよ』

「い、いや……私に構うな」

『石田君たちも、私が病人だった間はうどんとかばっかりだったでしょ?ほらほら、口直し』

「………………」

『………………』

「…………う゛」






「…おい、これ本当に逢瀬か?石田が一口でそっぽ向いたぞ」

「う、うん、これは俺でも分かるよ。今、三成の感情は後悔でいっぱいだ!」

「ダメじゃねぇかっ!!」

「あ、でも見てください!三成様、頑張って再び匙を手に取りました!」

「なにっ!!?」

「お、いけいけ三成っ!!」









『…石田君、無理しないでね。私だけでも食べきれると思う、たぶん』

「ぐっ…!構うなと言っている!外の連中が騒がしい中で、このまま断念してたまるかっ」

『あー…うん。なんとかべ君たち、目立ってるよね』




石田君がパフェのクリームにスプーンをぶっ刺すと同時に、窓の向こうからこっちを窺うなんとかべ君たちが拍手を送ってきた

…なんとかべ君、慶次、そして利休先生。よりによってガタイの良い3人が集まったら、現代人に溶け込めるわけないよね。すごく目立ってるよ




『…私たちを見に来たのかな』

「視線を向けるな。無視しろ」

『うん、分かった』

「…大方、私たちの邪魔をしに来たのだろう。半兵衛様や毛利がいないところを見ると、そうに違いない」

『義輝様は仲間外れにされちゃったのかな、なおさら目立つし……ん?』

「何だ?」

『…石田君、邪魔されたくないの?』

「…何をだ?」

『あれ…あ、聞き間違いかな。ごめん』

「ああ…それよりも、早く食わねば間に合わないのではないか?」

『あ、そうだった』




石田君の言葉に制限時間を思い出した私は、目の前の山盛りパフェをあっという間にたいらげた

成り行きを見守っていた店員さんやお客さん、そして目の前の石田君は騒然。私、怠慢だけど欲には忠実なんだよ




『特に食欲とは親友だから』

「意味が分からん…!これが、未来の詫びの仕方なのか?」

『ううん、これは私が食べたかっただけ。石田君へのお詫びは次のお店』

「まだ食う気かっ!!?」

『あれ、石田君もうお腹いっぱい?じゃあ他のところ行こう、どこがいい?』

「っ…それは…」

『んんー…?』





遠慮せず言っていいよ

だって今日は、アナタのための1日だから





20160201.


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