それは些細な違和感



 

僕と共に未来へとやってきた男は、人間の感情というものを感じ取ることができた






「…さて、彼女は無事に帰ってくるかな」

「またあの女の話か…よく飽きぬな、竹中」

「ふふ、確かに僕は君たちより彼女のことは知らない。けど面白い子だと思うよ」

「ふん……何故、無事でない可能性があると思う?」

「彼女、かなり体調が悪そうだったから。倒れてないといいけど…」




今朝、家を出る前のゆの君を思い浮かべる。初めて出会った昨日も顔色は悪かったから、あんなものだと思っていた

しかし、今朝の様子からして違うらしい。興味なさ気な元就君に思わず苦笑する、仮にも世話になってる女性だよ?




「我らが心配したところで何になる。ここで、何かできるわけでもなかろう」

「それはそうだけど…」

「…そんなもの、石田だけで十分だ」

「三成君?」




何故、ここで彼の名前が出るのだろうか?

今は別の部屋で、元親君や帝たちと引っ越しの準備をしているはずだ。真っ先にやってきた彼…もちろんゆの君との生活も一番長い


そして元就君の今の言い方じゃ、それはまるで−…





ガタンガタンッ!!!




「っ!!!?」

「…何だ、今の音は」

「窓の外から聞こえたね、いったい…」

「半兵衛様っ!!!」

「っ−………」




突然、暖簾の向こう…何かが窓を叩く音がした。身構える元就君と僕

呑気に世間話をしていたはずだが、一気に緊張に包まれた。しかし、次に聞こえたのは僕の名を呼ぶ声

それは僕と共に未来へとやって来て…昨日はあの木の上に隠れていた彼だった




「利休君…?」

「なに?あの茶人も来ておったのか、何故言わなかった」

「詳しくは後で話すよ」

「……………」




僕たちは共にあの木の下へやってきた。しかしゆの君が姿を表した時、彼は木の上へ隠れてしまったんだ

それが今、何故かこの家へ現れた




「僕たちの僅かな気配を感じ取って来たのかい?君の能力は本当に恐ろしいもの−…」




暖簾を寄せ、窓を開く。その先にいたのはやはり利休君で、その腕には−…





「え…」

「っ、は、半兵衛様っ!!この女子がっ…!」





意識のない、ゆの君が抱きかかえられていた




バタンッ!!!





「半兵衛様っ!!」

「っ、三成君…」

「今し方、大きな音が…!いったい、何…が…?」

「三成様!」




次に騒ぎを聞きつけた三成君が、刀を手に部屋へ飛び込んできた

そして窓際の利休君の存在に気づく。互いに顔を見合わせ驚く二人、ただし…





「ゆの…!」





三成君の視線は、すぐさま意識のないゆの君へ向けられた

そして−…





「っ、待て三成君っ!!!」




僕が叫ぶより先に、三成君は彼目掛けて飛び出す

その手はもちろん刀に添えられていて、狙いは利休君の首。誰よりも速いその斬撃は…!





ガッ!!!!





「っ!!!!?」

「さて、一度納めてもらおうか」




間一髪のところで、間に入った帝によって止められた




「足利…!そこを退けっ!!退かぬなら貴様ごと斬るっ!!」

「まあ待て。ゆのとの約束では、この世で刀を奮うことは禁じられていたはず」

「ぐっ……!」

「…すまない帝、助かった。三成君、刀を納めなさい」

「半兵衛様までっ…!」

「利休君は倒れたゆの君を運んでくれただけだ。だから、落ち着いてくれ」

「っ………!」




ハッと三成君が視線を向ければ、ビクリと肩を震わせた利休君。そんな彼に抱えられたゆの君は、とても息苦しそうだった

…やはり体調が悪かったらしい。恐らく昨日できなかった墓参りのためあの木を訪ねたのだろう、そこで…倒れた




「おい何の騒ぎっ…て、千利休っ!!?と、ゆのっ!!?」

「ゆのちゃんっ!!?」

「ちょうど良かった元親君、ゆの君を布団に寝かせてやってくれ」

「はあっ!!?いや、待て、なんでゆのが…!」

「〜〜っ!!!す、すみませんっ!!」

「うおっ!!?ま、待て千利休っ!!」




遅れて駆けつけた元親君と慶次君。彼らも利休君の登場と、ゆの君の様子に困惑している

そんな中、元親君にゆの君を頼もうとすれば…利休君は彼にゆの君を託し、再び窓から飛び去ってしまった




「利休君っ!!行ってしまったか…」

「うむ!あの者は予に任せてくれ、追ってみよう」

「え、追う…って、待てってっ!!ちゃんと玄関から出よう!窓から出ちゃ…義輝っ!!?」

「…飛び降りたか」

「お、俺も利休と義輝を追うっ!!ゆのちゃんは任せたよっ!!」

「……………」




利休君を追って帝が、慶次君が、部屋を飛び出していく

…本当に騒がしいね。対称的に、さっきまで騒がしかった三成君が、今は大人しく黙り込んでいる

元親君が運ぶゆの君を…視線だけで追っていた。僕からは彼の背中しか見えない




「…僕が来る前に、何があったのかな」





僕の小さな疑問に、誰も答えてくれなかった





















「…ってわけで、またここに戻った千利休を俺たちで見つけたんだ!」

『千利休ってあの茶人の千利休?わーすごい。じゃあ利休先生だ、利休先生』

「そ、そんな、先生だなんて…」

「………………」

「…ゆのちゃん、ゆのちゃん。元親が説明してくれてるからさ、ちゃんと聞いてやりなよ」

『聞いてるよ。私の恩人で、なおかつ石田君が何か勘違いしちゃってる』

「まあ…三成の方は、半兵衛が何とかしてくれると思うよ」

『そっか。とにかくありがとう利休先生、』

「いえ…僕は…」




あの木の下。私の隣には恩人で、新しい仲間で、風流人な利休先生が座っていた

なんとかべ君からの説明によると、彼は石田君に斬られかけたらしい。理由は意識のない私を抱えていたから…うん、ごめんなさい




『石田君も説明したら分かってくれるよ。だから一緒に戻ろう?』

「一緒に…半兵衛様や三成様は、貴女と共に暮らしているのですか?」

『うん。こっちの義輝様とか、慶次とか、なんとかべ君も一緒。あと毛利さんも』

「そう、ですか…女性と…」

『あ、利休先生ってそこ気にする方?』

「は、はい…」

「大丈夫だって利休!普段のゆのちゃんは女の子っぽくないから直ぐ平気になるよっ」

『うん、その通りだよ否めない』

「…は、はあ」

「おい、困ってるじゃねぇか」




私と慶次の話に困惑気味な利休先生。ここが未来だという説明は、比較的すぐ納得してくれた

でも共同生活には渋い顔…もしかしたら彼は、私と似てるのかもしれない




『…うちに来るの、嫌?』

「っ、い、いえ!しかし僕は…貴女とは、違う。だから…僕は…」

『んんー?よく分からないけど、私と佐助以上に変な人なんていないと思う』

「佐助…?」

「そうそう!未来に来ちまったんだ、いちいち心配事なんて気にしてたらきりないよっ」

「はっはっは!慶次の言う通り、この未来は予期せぬことばかり。楽しむが勝ちというものだっ」

『義輝様、楽しんでばっかりだけどね。でも利休先生も、できる限り楽しんでみたらいいよ。深く考えず』

「…善処してみます」

『うん、』




これで話はついたのかな?

じゃあ帰ろうか、佐助が来る前に。それに私は早退した身だから、あまり外にいるのもアレだしね




『あ…でも、利休先生って昨日から何も食べてないんだよね?みんなで外食してから帰ろっか』

「あ?いいのか?佐助が作った飯を残すと面倒だろ」

『大丈夫大丈夫、どうせ私、帰ったらしばらくお粥生活だし』

「お粥…」

「…そういえばゆのちゃん、熱は大丈夫なのかい?」

『ううん、頭いたい。身体だるい。気持ち悪い』





・・・・・・。





「…帰るぞ」

『ぶえっ…待ってなんとかべ君、美味しいものは別腹だし、お粥なんかじゃ食べた気しない』

「うるせぇ病人っ!!おら帰るぞ慶次っ!!あと将軍と茶人もっ!!」

「は、はい!」

『義輝様も食べたくない?外食したくない?ハンバーグとか美味しいよ、』

「あ、ダメだよゆのちゃん!義輝を味方にしようとしちゃ!」

「将軍、ゆのを担いで連れてってくれ!」

「任せろ朋よ!さあ帰るぞゆのっ」

『やだ…病人飯やだ…』

「……ふふっ、」





義輝様によって、米俵のように担がれた私

それを見た利休先生が、とても上品に笑っていた





20160104.


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