熱の向こうの君



 


「………………」

『…片倉さん、私の顔に何かついてますか?』

「…テメェ、熱があるだろ」

『んんー…』




もうすぐお昼休みになる、そんな時間。私のデスクまでやってきた片倉さんが、じろりと顔を覗き込んできた

そこらの乙女なら見惚れるか泣き出すかの二択だと思う。けど私は見慣れてるし…頭がぼーっとしてるから、いつも以上に思考が回っていない


はい、片倉さんの言う通り熱があるようです




「はぁ…ゆのは熱出すと長引くタイプだからな。酷くなる前に帰っとけ」

『あれ、何故、片倉さんが私の体調事情を』

「大学時代にもよく倒れてただろ。学祭とか、飲み会の翌日な」

『……………』

「無理すんな、佐助がうるさいぞ」

『…じゃあ、この作業終わったら…リーダーに相談してみます』

「そうしろ」




…佐助以上に、片倉さんを説得する方が労力がいる

早々に諦めた私は、最低限の仕事を終わらせ早退しようと決めた。でも、どうせなら…




『…お墓参り、してからにしよ』




先日行けなかったから…あの子を、一人ぼっちにしてしまっている
























「あ」

「…どうした、竹中」

「忘れてた。ゆの君に、一人であの木の下に行かないよう言わなくちゃ」




石田をはじめ長曾我部、足利、そして前田の調書を揃えた竹中と、この奇怪について策を練っていたところ

はっと何か思い出した竹中が眉をひそめる。何事かと思えば、あの女のことか




「…何故だ」

「もちろん危ないからね。僕らの協力者である以上、心配じゃないか」

「ふん…貴様にしてはずいぶん陳腐な嘘をつく」

「おや?元就君はゆの君と仲良くないみたいだね、面白い子じゃないか。帝とあれほど仲のいい女性も珍しいし」

「誤魔化すな、それともあの木に何かあるのか?」

「…まぁね。そこそこ深刻だから、今日帰ったら話しておかないと」

「………………」




不敵に笑ったこの男…豊臣の者でありながら、やはり腹の内は読めぬ




「…貴様の考えを読める者など、この世にはおらぬであろうな」

「それがいるんだ、恐ろしいことにね」





















『はぁ……ごめん、この前は何も言わず帰っちゃって…いろいろ、たいへんだったの』




お昼を過ぎ、夕暮れにはまだまだ早い時間。子どもたちはまだ学校で、裏山の公園には会社を早退した私しかいなかった

いつもの木の下。ぼーっとする頭でそこまで辿り着いた私は、持っていた花をそっとお供えする


…なんだか久々に感じるお墓参り。最近はお客さんも一緒で、ろくにできてなかったね




『…ほんと、アナタみたいにいきなり私の前に現れたんだよ、戦国武将が』




両手を合わせ、白い友達に話しかける

もし声が届いてるなら、アナタも会ったことあるよね?彼らはこの木の下に現れたんだ




『一気に騒がしくなってね…人が、いっぱいでさ…あんまり、なれないなー…』




…あの子がいなくなってから、私には佐助しかいなかった

もちろん高校や、大学や、会社で人付き合いはある程度こなしてきたつもり。だけど、一緒に過ごすなんて経験はない




『…佐助が、引っ越し先見つけてくれたんだよ。一人の時間ができる、て』




私が家に招いたのに、彼らとの共同生活が負荷になっていた。佐助はそれに気づいてる。片倉さんも何となく気づいてる

昔から私は、大勢で過ごす行事があると…体調を崩す。それが今だ


ほんと勝手な話だ。ほんとにワガママだ、私は





『…頭、いたい』




気持ち悪い、目が回る

木に寄りかかってずるずると地面に座り込む私。ぼーっと意識が遠くなる中、幻覚まで見え始めたのか…





「大丈夫ですかっ!!?」




木の上から、人が飛び降りてきた気がした
























『っ……ん…?』

「ああ、目が覚めたね。僕が誰か分かる?」

『……半兵衛様、』

「…貴様、よくその熱で出かけたな。馬鹿だとは思っていたが」

『毛利さん…あれ、ここ…』

「君の家だ。ああ、無理に起きなくていい。とりあえず無事で良かったよ」




次に目を覚ました時、私は自宅のベッドの中にいた

側には半兵衛様、少し遠くには毛利さん。片や笑顔、もう片や無表情…それは自宅を出る前と変わらない




『えっと…』

「君、倒れたんだよ。あの木の下でね。すごい熱だ、無理をしちゃいけない」

『あ、その、すみません…』

「僕に謝る必要はない、もちろん元就君にもだ。強いて言うなら三成君に謝っておくといい」

『石田君に?』

「あとは…君を運んでくれた彼に、お礼をね」

『そうだ、倒れる間際、誰かいた気がするんですけど』

「その誰かが君を助けてくれた人物だ…今は帝たちと一緒に外に出てるけど」

『え、外?』

「…石田が追い出した」

『んんー…?』

「ふふ、説明は後でしてあげるよ。とりあえず君が起きたなら、彼もここに招いてあげてくれ」

『…はーい』




…私の恩人は何故か、石田君によって家を追い出されてしまったらしい


よく分からないけど半兵衛様が後で教えてくれるなら、まあ、いいか

とりあえず先にお礼を言わなきゃ。少しましになった身体を布団から起こし、のそのそと外出準備




『…たぶん、あの木に戻ってる』





…石田君に見つかる前に、家から抜け出すことにした

















『あ……慶次!義輝様!…なんとかべ君っ』

「っ、ゆのちゃんっ!!?お、起きて大丈夫なのかい?すごい熱だって…!」

「あ゛っ!!石田に黙って出てきただろ…!アンタが寝てる間、大変だったんだぞっ!!」

「そう吠えるな、無事であったなら問題ない。ゆの、こっちだ」

『ありがとう、義輝様。それで、あの、そこの人が…』

「ああ、新しい朋だっ!!」




本日二度目。あの木の下に向かうと案の定、なんとかべ君と慶次、そして義輝様がいた

義輝様に手を引いてもらいながら、未だふらつく足で小さな坂を登る。その先にいる見慣れない人物





「あ……」

『…はじめまして?』

「っ、は、はじめまして…」

『あ、海月ゆのです。さっきは助けてもらったみたいで…ありがとうございました』

「そ、そんな…!僕は、ただ、咄嗟にっ…すみませんっ」

『えーっと…』

「…おい、とりあえず名乗っとけ」

「あっ…そう、でした…!」




はじめましてな彼は外人みたいな金髪蒼眼、掘りの深めな顔立ちと不思議な編み方をした髪型

そして私が話しかけると、目を泳がせて焦り始める。そんな彼がようやく口にした自己紹介は…





「僕は…千利休です。ゆのさん、先程は申し訳ありませんでしたっ」





まさかの名前に、何故か謝罪が添えられていた





20160103.


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