夢花火
良い夢を見よう
キミとなら見られる気がする
『ぐっは…現代は地球温暖化だとか言うけど、やっぱり戦国時代も暑いや…溶ける』
「溶けてくれるならありがたい、溶けた君を今一度僕好みに固め直せるからね」
『…相変わらず告白なのか悪口なのか分からないお言葉をありがとうございます小姑さん』
「どういたしまして。ところで話は変わるがナキくん、今夜も暇だよね」
『そしてこっちに拒否権はないっ!!いや、暇っすけど。今日も今日とて暇っすけど』
夏の暑さにノックアウトされた私の前に現れたのは、日焼けなんか縁遠い美白王子な半兵衛さんだった
相変わらず好意か敵意か分からない台詞…いや、嫌みが含まれているのは間違いないけれど。互いに損な性格をしていると思う
『で?何かご用っすか?』
「ああ、君は花火は好きかい?」
『花火…まあ、人混みから外れた涼しい場所で静かにゆっくり見られるなら好きですけど』
「それはつまり嫌いってことだね。そうか…嫌いなのか…」
『………………』
「………………」
『………………』
「………………」
『…いえ、好きです』
「ふふ、そう言うと思って手配は済ませておいたよ。さあ、行こうか」
『あ、前言撤回。半兵衛さんが楽しげだと嫌な予感しかしない!やっぱり夏は花火よりスイカ割りだとか流しそうめんとか…!』
「ほら早く。自力で行かないなら担いであげるけど?」
『拒否権プリーズっ!!くそ、しょげた演技に騙されたっ!!同情した私がバカだったっ!!』
「ほらほら急いで、始まってしまうよ」
…というわけで、
『うわあ…いつの時代もお祭りはあまり変わらないんすね』
「君の時代でもこんな祭りが?」
『はい、これだけ大規模なのは初めてですけど。あと…』
キャーッ!!!
キャアァアッ!!!
『…豊臣の天才軍師様とあろう人が、お祭りのど真ん中に平然と登場して大丈夫っすか』
「こういうのは隠した方が後々厄介なんだ。堂々としていればいいんだよ」
『いや…すでに悲鳴と共に倒れた乙女が数多なんすけど』
半兵衛さんと共にやってきたのはいつになく賑やかな城下町
どうやら今日は夏祭りらしく、ワイワイと楽しげな老若男女の声…が途端に黄色い悲鳴に変わる
何を隠そうあの天才軍師様が、堂々と、人混みを歩いているんだ実は馬鹿でしょうか
「大丈夫、祭りの日ぐらいは無礼講だからね。僕を気にせず楽しむといい」
『無茶を仰るっ!!いや、いきなりキラッキラな美丈夫が登場したら騒ぎになるに決まってるじゃないっすか馬鹿っすか』
「君も相変わらず、褒めてるのか貶してるのか分からない言葉選びをするね」
『半兵衛さんが他人ごと過ぎるんすよ』
ケロッとした顔で私の隣を歩く半兵衛さんだけど…うん、ちょっと考えれば分かるよね
確かに変装したとしても彼のキラキラオーラは隠せないだろう。花火はまだ上がってないのに彼の周りは何故か明るいし
…しかし、隣に並ぶ私のことも考えて欲しい
「僕の隣に並ぶのが恥ずかしい気持ちは分かるけど、そう心配しなくてもいい。今のナキくんも着物効果で多少は娘らしく見えるから」
『がっは…!腹立つ、やっぱりイケメンは無条件に腹立つ…!』
「…今のは着物が似合ってる、と褒めたつもりなんだが」
『褒め方が分かりにくいっ!!!』
用意周到な半兵衛さんにより、私にも外出用の着物が準備されていた
普段着よりきらびやか、それでいて夏でも動きやすい。私たちの時代の浴衣に近い、かも
頭には半兵衛さんに贈られた椿の花を付け、彼の言う通り今日の私は少しだけ娘さんだ
「僕の見立てであっても年齢は誤魔化せなかったみたいだけどね」
『だから一言多いっ!!もっと素直にストレートに言えないんすか。綺麗だよーとか…可愛いよーとか』
「とても綺麗だよ、ナキくん」
『…あ、半兵衛さんが言うと胡散臭い。やっぱり結構です』
「張り倒されたいのか君は」
私の返しで不機嫌になる半兵衛さん…いや、疑り深いのもお互い様じゃないっすか
でも着替える前。初めてこの着物を見せてもらった時、我ながら自分に似合うだろうな…と思ったのも確か。趣味も合うんだ、私と彼は
『半兵衛さんの言葉は信じられませんけど、貴方の見立ては信じられますから』
「はぁ…ほんと、素直じゃないね君は」
『そっくりそのままお返しします。ほらほら、早く人混み抜けましょう。乙女からの視線が痛いです』
「男からの視線は気にならないのかい?」
『むしろ感じませんが』
「…ならいいけど。僕はそういう無頓着な子の方が好きだし」
『え……え、あ、そう、ですか』
「ふふっ、なんてね」
『がっは…!また騙された!やっぱり小姑さんの言葉は信じられないっ!!』
「……………」
騒ぎの渦中を抜けたどり着いた場所は、騒がしくなく暗くもない…言うならば花火の穴場だった
やはり抜け目ない半兵衛さんは、ゆっくり花火見物ができる場所も見つけていたんだ
適当な所で立ち止まり空を見上げる。もう少しで始まるだろう花火を、今か今かと待ちわびる
「…僕も花火は好きだよ。あの散り際の潔さは憧れる」
『私はしぶとく生きたい派なので、真逆な花火を尊敬しますね』
「ああ…ふふ、確かに。君は泥臭く生き抜きそうだ」
『そういう半兵衛さんは…』
「……………」
『…花火みたいに綺麗なのが、悔しいなー』
言いそうになったことをぼやかして、今一度夜空を見上げるとそこには星が散らばっている
花火の咲いてない空も綺麗だ。空はいつだって綺麗で、その綺麗をさらに彩るのが花火…なのかもしれない
「…ナキくん、」
『はい?』
「分かっていると思うけど、僕は君に似合うと思うものしか贈っていないよ」
『…分かってますよ。半兵衛さんは無駄が嫌いですもんね』
「ああ…無駄なことに時間を費やしたりしない。僕の行動に、何一つ無意味なことはないさ」
『……………』
次に顔を見合わせた時、私たちは揃って苦笑した
本当に、揃いも揃って素直じゃない。もう少し分かりやすい言い回しは山ほどある。賢い半兵衛さんならなおさらだ
でも、無意味も無駄もないならば、今、この二人きりの時間もきっと…
『あっ…』
「ああ…」
次の瞬間、遠くでヒューンッと花火が上がる音がした
そして…
ドーンッ!!!
夜空で花が散る
パラパラと空から降り注ぐ火の粉、それを待ちきれず次の花火、また次の花火
『…今日はありがとうございます』
「いや、こちらこそ。付き合ってくれてありがとう」
『……………』
「……………」
『…あは、綺麗ですね』
「ああ、とても綺麗だ」
見つめ合ったまま綺麗だと言い合う私たち
それは花火のことだろうか、それとも…
20160729.
まだ付き合ってません