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『………片倉さまじゃない』

「そうあからさまに嫌な顔すんじゃねぇ。小十郎じゃなくて悪かったな」

『…………』

「……はぁ、」




オレが部屋に入った瞬間、途端に顔を歪めてそっぽを向く兎。明らかに不機嫌だな


近頃、奥州近隣に悪い噂が流れている

その偵察のため城を空けている小十郎。だから、これの様子をオレ自ら見に来てるんだが…まだオレが嫌かよ



「そろそろ和睦といこうじゃねぇか、なぁ兎?」

『……いやっ』

「まぁ武田に帰るまでそんな気分にはなれねぇだろうが…そんなアンタにとっていい話がある」

『…………』

「奥州の独眼竜が、どこぞの国の女を見初めて連れ去ったって噂が流れてる、日の本中にだ」

『っ―…』

「他国の知り合いからの文が届いて知ったんだが…そいつは西国の野郎だ、そこまで広まってる」

『それ…』

「アンタに真田が惚れ込んでるなら、藁にもすがる思いで乗り込んでくるかもな」

『っ!!!!』

「Ah?」




兎の目が、僅かな希望を頼りに揺れた


本当に真田の耳に届き、迎えに来てくれるという期待。来やしないという不安

兎の動揺にオレは小さく笑った




「オレとしては返す前に奪われちゃ困るんだがな。これじゃあオレが悪者じゃねぇか」

『…悪者じゃないの』

「そう言うな。真田が来ようが来るまいが、奥州の土産と一緒に返してやるよ」

『…………』

「とにかく、それは遠い話じゃねぇ。アンタは、奥州に心残りがないように―…」

「筆頭っ!!!」

「っ―…!」




オレを呼ぶ声に真っ先にピクリと動いたのは兎だった

瞬間、障子が揺れる。家臣の誰かが開こうと手をかけ慌てて止めたんだろう、誰も兎の部屋に入るなと小十郎が言い聞かせていたからな


障子に映った影が座り込み再度オレを呼ぶ




「筆頭!」

「何だ!何かあったか?」

「敵襲ですっ!!!」

「っ!!!!?」

『え…』




敵襲、その言葉に立ち上がったオレは直ぐ様部屋を飛び出した

駆けるその最中、兎を振り向き叫ぶ




「兎っ!!大人しく待っとけ、いいなっ!!?」




その声に、返事はなかった


 



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