・page:51
セッツァーの部屋から戻った後、俺は隣で紅茶を口にする彼女の横顔をそっと見つめていた。

もしも、あの時間に廊下に出ていなかったらルノアと会う事は出来なかっただろう。
それにセッツァーとポーカーで勝負をすることを知ることも出来なかった。
今はいたって普通に見えるが、ここ数日、思い悩んでいる様子のルノアが気になり、訪ねようとしていた矢先だったのだ。

行動してよかったと思う反面、賭け事に興味があるから自分も連れて行ってくれと断行したのは、今思えばいささか無理があったなとは思う。
そのうえ真剣勝負を挑みに行こうとする彼女に対して、俺は両表のコインを使って真っ向からイカサマを仕掛けたことに関して言えば、大人気なかったと言わざるを得ない。

セッツァーのゲームにルノアが捉まり、彼女が賭け事の対称になることで今度は俺がそれに釣られる。
俺達2人はセッツァーの垂らした糸に見事にひっかかっていたのだ。
相手に弄ばれてばかりなど、あまりに癪に思えたから、覆してやろうとしたのに容易く負けてしまった。

そして、セッツァーの手札を見たとき、流石にどうしたものかと早急に考えを巡らせた。
結果として、奇跡的ともいえる役を作り出したルノアが勝ったのだが、もしもあのまま負けていたら俺はどんな風にあの場を切り抜けただろうか。

仲間であるセッツァーが賭け事を用いて関係性を壊すような事をしないのは、彼の今までを鑑みれば心配する必要性は無かっただろう。
ルノアに対して要求した“今夜の相手”というのも、酒を飲む為かもしれないし、ポーカーの対戦ぐらいのものだった筈だ。

だが、仲間という括りを男女に当て嵌めてしまうと、それは突如として不明瞭で容易く壊れてしまうものでもあった。
誰かが誰かを想う事に規制を掛けることなど到底無理で、俺とルノアの関係性には他者を退けるだけの確固たるものもない。

何が発端でどんな繋がりが出来るか分からないからこそ、その先の考えに及んでほしくなかったから、俺は無理をしてでも同行したんだ。

“彼女の初めてが自分でありたい”

多分そういうことだ。
すべてが不可能なのは分かるが、知っている事は自分が教えたい。
まるで無垢なキャンパスを自分の好みの色を使って塗り潰すような感覚で、教えるという立場を利用した独占の様なものだと思いながら自分を蔑むように鼻で笑った。

「エドガー、どうかした?」

隣に座るルノアの純真な瞳に見つめられながら、ポーカーの勝敗について思い出していたと話せば、俺の心の内を知らない彼女は素直に理由を受け入れていた。


明日、セッツァーが連れて行ってくれる場所を楽しみにしている彼女と過ごした次の日、俺はルノアと共に三角島という場所に赴くことになった。
何かを探すなら人手は多いほうがいいと考え、自分達以外にも同行者を募れば定員二名という枠はすぐに埋まった。

「新天地と聞いて黙ってなんていられないからな!」

「ボクも行くクポ!」

意気揚々と飛空艇を降りてくるロックと、ナルシェで再会を果たしたモグが楽しそうにしながら歩いてくる。
装備を確認したのち、着陸したばかりの大陸を見渡せば、陸の中心に大きな山があるのが確認できた。メンバーにまずはそこを目指そうと声を掛けたつもりなのだが、ものの見事に全員が俺を見ていなかった。

ロックは見送りに来たセリスと話しをしている。ルノアはルノアでモグの目の前で膝を抱えながらじっと相手を見つめている。
見つめられているモグはといえば彼女の熱い視線に射抜かれ、ストップをかけられたように硬直していた。

自由奔放な状況に自分がしっかりしなければと思いながら、掛け声を発して歩き出せば、威勢のいい声で返事をしたロックがいつの間にか一番手となって俺の前を歩いていくのだった。

「さーて、とりあえず探すなら洞窟だな!」

宝があるとすれば洞窟という安直な考えだが、見える場所に宝がないのも事実でロックの勘を頼りにフィールドを進んでいく。
時折遭遇するモンスターと戦闘を繰り返しながら大陸を回るように歩いてはみたが、それらしい場所は見当たらない。
ルノアに魔導を感じないか確認しようと振り返ったのだが、その彼女はロックの妙案に指示を受けている真っ最中だった。

「もっと右だな!そうそう!」

「このまま?」

「ああ!」

何をしてるのかと思ったら、ロックはモグの体を抱き上げて、頭についているフワフワした物体をダウジングの真似事に使っていたのだ。
ここまできたら頭を抱える意外はなく、巨大な溜息と一緒に往年の友に制裁を加える以外に考えが浮かばない。

ロックの肩をがっしりと掴んでモグと一緒にこちらを向かせれば、モグダウジングの示す方向などこんなにも容易く変化する。これじゃあ当たる筈も無いじゃないかと、心にも無い笑顔と冷え切った優しい口調で説明していたのだが、ロック越しに見えた景色の中に巨大なモンスターの姿が映った。

「―――ッ…しまった!!」

奇しくも1人孤立していたルノアの前方に出現した敵。俺は彼女が居る場所まで懸命に駆けながら後ろに下がれと声を張り上げた。
だが、聞こえているはずの彼女はその場から微動だにせず立ち尽くしたまま動こうとしない。
1人で戦うつもりなのかと思ったが、武器を構える素振りも魔法を詠唱している様子もない事に気付いた瞬間、まさかというような考えが過ぎっていった。

「苦手な類か…!」

以前コロシアムにいたオルトロスを見ていた時の反応に酷似していることや、モンスターの容姿がそれを髣髴とさせるものがある。
紫色の皮膚と流動的に艶かしく動く胴体、口元は巨大な穴のように広がり細かい無数の白い歯が内側に入ってくるのをこまねいているように見える。
普通でも抵抗感のあるモンスターだというのに、苦手な相手が遭遇すれば動きが取れなくなってしまうだろう。

攻撃が来る前に彼女を退かせようと試みたのだが、それよりも先に動き出したのはモンスターだった。
体を波打たせたと思った途端、体を萎ませながら口を更に大きく広げて吸い込み出したのだ。暴風かと思えるほどの捕食に耐えようと俺は咄嗟に武器を地面に刺したが、対処しきれない彼女の体が容易く宙に浮いたのがわかった。

「ルノアッ!!!」

「――…エド」

聞こえた言葉はそこまでで、モンスターに吸い込まれていく姿が目に映る。
失ってたまるものかと、俺は突き刺していた武器を地面から抜き去り、ルノアを追いかけるようにしてモンスターの内部へ自らを投じたのだった。


prev next

bkm

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -