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溜息と同時に閉じた本を棚にしまいながら、私は漠然とした思いにとりつかれていた。どうしようもない事を悩んでも仕方ないんだと割り切り、図書室から出て行った。

1人で飛空艇まで戻ってきけれど、心は晴れないまま。
船内の廊下から外を眺めて流れるように移動する景色を見送り続けていた。暫く飛んでいた飛空艇が着陸した事に気付き、改めて外を見ればそこには白い大地が広がっていた。

雪が降る冷たい風に身を晒せば今の自分を覆っている不可解な思いを打ち消せるような気がして、厳しい寒さを求めるように飛空艇から降りていった。

靴が雪に埋もれるたびに音が鳴り、舞い落ちる雪が風に流され頬にあたる。吐く息は雲のようになって出ていき、口の中に入ってくる空気は氷のようにとても冷たい。身を震わせる環境を肌で感じながら深呼吸をしていたら、不意に後ろから声が飛んできた。

「ルノアも行くんだろ?」

「え?」

振り返ればそこに居たのはロックだった。
装備もしっかりと整えた彼はバンダナを縛りながら私に話し続ける。

「ナルシェの探索だよ。仲間を探すついでに幻獣の様子も見てくるつもりなんだ」

「・・・幻獣」

「魔石になった幻獣じゃないぜ。氷漬けのまま置かれてるんだ」

「生きているの!?」

「それは分からない。だけど、ティナはその幻獣と話をしてたみたいだった」

姿があって会話を出来るかもしれない幻獣が居ると聞いた私は、ロックに一緒に同行させて欲しいと頼みこんでいた。もしも生きているのなら、きっと今の自分にとって心強い存在になってくれるだろうと思えたからだ。

早く行こうとロックに声をかければ、全員が揃ってから出発しようと宥められてしまう。仲間が来るのを落ち着きなく待っていると、昇降口から姿を現したのはセリスと……エドガーだった。

彼を見た途端、消した筈の心の靄がさっきよりも濃くなって覆ってくるような気がした。
だけど今は自分の気持ちよりも大事な事があると、無意味な考えを無理やり頭の中から振り払った。

町の入り口から西に向かい、館の奥にある裏口から炭鉱へと進んでいくロックの後をついていく。戦闘を繰り返しながら進んでいった先に発見したのは、広い空間にぽつんと佇む白い何かだった。

セリス達が再会を喜ぶその存在はモグという名前で、これから一緒に戦う事を皆に話していたようだ。私達は一度町の入り口まで戻ったあと、新たな仲間がいることを教えてくれたモグと一緒に改めて町の中へと進んでいった。

ロックが武器屋の軒先で立ち止まると、何故か扉の前でしゃがみ込んだ。何かを鍵穴に刺し込みながら手を動かせば閉まっていたはずのドアが容易く開いてしまったのだ。

得意顔でドアを開けたあと、部屋の奥にいた居た老人に彼が話しかければ、ラグナロックという魔石を受け取っていたのが見えた。その魔石を私に渡してくれたロックは、これから幻獣の所に向かうことを教えてくれる。
気持ちを改め敵がいる町中を奥へと進み坑道を出た先に待ち受けていたのは、幻獣ではなくドラゴンだった。
立ちはだかる敵を打ち倒し、吹き荒れる風を受けながら桟橋を渡っていくと、ようやく辿り着いたその場所で鎮座していたのは巨大な氷に包まれた雄雄しいほどの幻獣の姿だった。

「本当に……生きて…いるの?」

惹かれるように近づいた瞬間、幻獣を中心に辺りが青い光で照らされていく。異変を感じながらも動けずにいた私をエドガーが腕を掴んで咄嗟に後ろへ引き下がらせた。

「仕掛けてくるぞ!!」

彼の言葉通り、間髪入れず降り注いできたのは強力な魔法だった。上位魔法が繰り出され、氷の主柱に体が包み込まれると切りつけるような凍てつく痛みが襲ってくる。

立ちはだかる幻獣を目の前にして、何故戦わなければいけないのか分からずにいた。話を聞いて欲しいだけなのに争いあうことでしか今を解決できず、結末として得たのは私達の勝利だった。

攻撃によって幻獣の体を包み込んでいた氷が砕け散り、本当の姿を晒した幻獣は、私達に向かって重みのある声で静かに話しかけてきた。

「人が私の氷の封印を解いたというのか…魔石を身につけ…お前達はいったい?」

人間の世界に来て初めて話をすることの出来た幻獣を目の前にして、きっとこれから色々な事を共に歩めると思えた。これでようやく1人ではなくなると安堵を感じていた矢先、自分の耳に飛び込んできた言葉に衝撃が奔っていく。

「まあよい。だがこの世界に満ちている殺気は?1000年たった今も魔大戦は続いているというのか…?おろかな…永久の戦い…。………?おまえたちはそれを終わらせようとしているというのか…その心、信じてみるか…」

話し終えた瞬間、自らの意思で魔石へと変化させた相手が、ゆっくりと宙を浮いて近づいてくる。幻獣がまた魔石に変わってしまい、喜びが一転して憂いに変わる。

そして何よりも自分を動揺させたのは、幻獣が語った内容に含まれていた言葉だった。

「・・・魔…大戦………1000年前…?」

その言葉を聞いた事によって失われていた記憶が脳の奥から引き出されるような感覚がした。もし自分に関係ないことなら、こんなにも心を乱すことはきっと無い筈だ。

言葉を知っているとしたら、私はそれを何処で聞いたのだろう?
懸命に過去を探るのにぼやけた輪郭が鮮明になることはなかった。


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bkm

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