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私はこの時初めてフェニックスという幻獣の存在を知った。
不死の名を冠する伝説上の生き物として、本の中に描かれる特殊な存在だとエドガーは移動中の船内で教えてくれた。

コーリンゲンの村に飛空艇が降り立つと、ロックは村の端に建っている家に向かって急いたように歩いていくのを見て、私は迷う事無く後をついていった。

ドアをくぐり家の階段を降りていくその背中を追いかけようとしたが、不意にこれ以上先には行くべきではないという空気を強く感じた。歩みを止めてその場に留まり状況を見守っていると、後からセリスがやってきた。彼女は壁に凭れる様にして今の私と同じように、この出来事の顛末を待っているようだった。

そして…。
ついにその時がやってきた。

地下から溢れ出す赤い輝きと女性の名前を呼ぶロックの声が聞こえてくる。彼が魔石を使い、したかったことはこういう事だったのだ。か細い声で“話がしたかった”と嬉しさを滲ませた女性の言葉を聞いて、本当に死んだ人間が生き返ったのだと分かる。

消えた命を再生させるという驚愕の事実に動揺と期待を抱いていた私だったが、女性の言葉がそれを容易く打ち消してしまう。

「フェニックスが最後の力で少しだけ時間をくれたの…でも、すぐに行かなければならない…」

時間が限られているという事は、彼女は一時的に今を生きているだけ。新たな命を与えられたわけではなかったんだと知って心に影が落ちてくる。

私が視線を床に落としている間も女性は言葉を懸命に紡ぎ続けていた。
自分が死んだときに記憶が戻り、彼のことを思い出せて幸せだったと…。

「だから…あなたに言い忘れた言葉…ロック…ありがとう」



今の2人のように、別離してしまった相手ともう一度だけ会えたなら。

言葉を交わせたらどんなにいいだろうと、残された側の方はきっと思っていた筈で、だけど二度目の別れがあるとしたら自分はそれでも再会を願うだろうか。

「もう行かなきゃならない…あなたがくれた、しあわせ…ほんとうに、ありがとう…
この私の感謝の気持ちで、あなたの心をしばっている、そのくさりをたち切ってください…あなたの心のなかの、その人を愛してあげて」

何もかも無かったように忘れてしまえれば、きっと自分を縛るものなんて本当は何もない。だけど消せない、忘れられない、忘れたくはないからこそ自分自身で変える事も出来ずにずっと抱え続ける。

欲しいのは許しなのか、それとも背中を押してくれる言葉なんだろうか…。

「フェニックスよ…よみがえりロックの力に!」

眩い赤い光が見えたのを期に、私はその家を後にした。

ほんのわずかな再会だとしても言葉を貰えることで彼の心は救われたのかもしれない。生き返らせることはできなくとも、前を向くことができるのかもしれない。それが羨ましく思えてしまったのは、仲間を取り戻したいと願う自分にとってフェニックスの真実は苦しみを生み出し、自分の僅かな希望が目の前で消えてしまったからだろうか。

もし。

もしも、本当にフェニックスの魔石が失った命を救えたならば、幻獣たちが争いで消えることはなかった筈だ。今すぐにでもその力を使って死んだ者たちを蘇らせればいい筈だ。

だけどそれが叶わない事実こそフェニックスの力の真実。蘇ることができるのはフェニックス自身で、それ以外の命ではないということ。死んだ命を救う事など誰にも出来はしない。

それができるなら誰もが願うはずだから。
居なくなってしまった誰かに会いたいと願うから。

私がユラを思うように、そして両親と会えるならそれをフェニックスに願いたかった。

でも。

どんなに大きな力を持つ幻獣であっても生き返らせることは不可能なんだと知ってしまった。そして、それと同時に自分の最後の時が何時なのかを改めて理解する。
何もかもが元には戻らないのなら…。
力が争いを生むのなら、全て残さず無くしてしまうのが本当の平和に繋がるはず。

誰もが平和な世界を望んでいる。
エドガー達もそのために戦っている。
そして、ユラも平和を望んでいたのだから…。

魔導の根源を生み出した三闘神である神を消す。
…それは仲間を消すことに繋がる。
そこが新たな始まりであり、自分の最後の時になる。

だから、何も迷うことなんてない。
終わりを考える必要すらない。

取り返すのではなく消し去るんだ。
今のように自分一人が取り残されてしまわないように、消えてしまう最後の時まで戦えばいいだけの話だ―――。


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bkm

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