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町の入り口でチョコボを降りて、手綱を引きながら歩いていく。
懐いた相手が長い首を傾げて頬ずりをしてくるのをあやしながらチョコボ屋に返したあと、俺は近くに建っている宿屋に戻ろうとしていた。

曲がり角にさしかかったあたりで、ふと感じた何か。それは本当に微かな感覚だったが、なくまるで見ることを強要するかのような引力があった。

引き付けられる様に見つめた先には多くの人たちが往来するニケアの通りが続いているだけだ。けれど、高台になっている宿屋の前から通りを見下ろした瞬間、パキンと音が鳴るようにして雑踏の中にいる1人の人物と目が合ったのがはっきりと分かった。

「ッ…ルノア…?!」

サウスフィガロに居る筈の彼女がどうしてここにいるのか分からないが、何かあったのは間違いないだろう。
相手のことを放ってはおけず、俺は速やかに階段を下っていった。

こんなにも町の通りが込み合っているのに互いを見失う事は決してなかった。
まるで自分と相手以外の存在が色を無くし、二人のあいだを一本の線が繋がっているようにすら思える。

人混みを掻き分け、道に置かれた物資を掠めるように避けていく。
ぶつかりそうになった子どもに謝りつつ、それでも足を遅めることはしなかった。何度も人に当たりながら前へと向かって突き進み、ようやく巡り会う事の出来た相手と離れることのないように俺は彼女の腕を強く握り締めていた。

「ルノア…!!」

「エドガー!!」

相手に状況を聞こうとしたが、俺が何かを言う前に彼女は切迫詰まった表情で会えて良かったと口にすると、今度は反対に俺の腕を掴んで何処かへ歩き出していく。

「エドガー、今は黙って付いて来て!」

急いた様子の彼女に手を引かれながら雑踏の中を進み続け、ようやく立ち止まったのは港近くのバーの前だった。
声を小さくするルノアに店の様子を密かに窺ってと言われて、扉にある小さな窓から確認すれば、店内にいたのは踊り子に店主、それから町の住人、他にはどことなく見た覚えがある盗賊のような奴らが数名いた。

中を確認し終えて頷くと、ルノアに隣の建物の壁際まで誘導させられる。
俺の両腕を掴んで向かい合った彼女は、落ち着いて聞いてほしいと言いながら声を潜めて話を始めた。

「あの盗賊達が、フィガロ城から出てきたと言っているのを聞いた」

「っ…何だって!?」

大きな声に焦ったルノアに口元を押さえられながら話の続きを聞くのだが、信じられない事態に頭がついていかない。
だが、ルノアがサウスフィガロからここまで来た事や真剣な眼差しに嘘などないだろう。あの盗賊達が何らかの手段でフィガロから出てきたとなれば、それを信じて行動する以外になかった。

「ありがとう、ルノア。ここまで伝えにきてくれて」

「いいえ、エドガーなら私が居なくてもきっとこの事に気付く筈だから」

「買い被りすぎた」

「そんな事無い。それから、あの盗賊達は自分達の話を言いふらしてる。様子を探れば他にも何か分かるかもしれない」

「なる程。それは好都合だな」

バーで見た盗賊達に見覚えがあったのは、先程の者達がフィガロ城の牢に捕らえられていたからだと分かり合点がいく。
窃盗の罪で収容したのを思い出し、押収した金品は今も城の倉庫に保管してあるはずだ。
どんな場所にも危険を省みずに向かっていくのが盗賊ならば、それを利用しない手はないだろう。

「郷に従うとするか」

俺の独り言に首を傾げるルノアだったが、盗賊達の素性と作戦の大まかな概要を話せば成る程と頷いてくれる。彼女に少しの間見張りを頼み、俺は早速必要な物を調達するためにニケアの町を歩き回った。
入り用なものを買い揃えバーの前に戻りルノアに様子を確認すると、未だ相手方に大きな動きはないようだ。
食事や酒を堪能しているということは、まだ町に留まる可能性は高いと思える。念の為、店を出て居場所を確認するまで尾行を続けた後、俺たちも一段落つけて宿屋に戻ることにした。

「エドガー、何を買ったの?」

部屋に着いて早々、俺の買い物の内容を聞いてくるルノアに、俺は新調したものを披露しながら明日から自分の事をジェフと偽ることを教えた。

「名前に服、それから立ち振る舞いと髪の色まで変えるつもりだ」

盗賊達を捕らえていた城の主であることや、素性が知れているニケアで他人の目を欺くには全てを変えなくてはならない。
ルノアにもその点においては協力してもらいたいと頼めば、相手は悩むことなく易々と受け入れてくれる。

「つまり私はフードを纏い身を潜めてエドガーと盗賊を監視する役目」

「監視と言われると悪い事をしている気分になるな」

「実際、国王が賊になるのだから、悪いことではあると思う」

「待ってくれ、ルノア。賊になる訳じゃなく、真似るだけだ。それに元々は俺の城なんだが…」

「確かに、言われてみれば」

納得した彼女は深く頷いて話を終わらせると、今度は俺の変装について疑問が浮かんだようだ。服や話し方はどうにでもなるが、一つだけわからないことがあると言い出した。

「髪の色を変えることなんて可能なの?」

「ああ。特殊な液を使うんだ」

瓶の中身を揺らしながら、髪にそれを馴染ませることで変化すると説明すれば、よほど気になるのか俺の手元を見つめる彼女。
見せた方が早いと変装の為に髪を染める作業を進めるのだが、その間もずっと俺は彼女の視線の的になり続けていた。


それから数十分後、不要な液を流すためシャワーを終えて浴室から出てくると、ルノアは俺の髪色の変化に驚いた表情をしてみせる。最初のうちは俺を不思議そうに眺めていただけの彼女だったが、濡れている髪の毛を触りながら自分の髪の色も変わるだろうかと聞いてきた。
意外だと思いながら何色にしたいんだ?と試しに聞いてみれば予想もしなかった答えが返ってくる。

「黄金色…」

「黄金。つまり金色か??」

「その……あ、貴方の髪が太陽を反射して綺麗に輝くのをよく見るから」

まるで陽の光を糸にして束ねたみたいだからと、詩人のような言葉を小さな声でボソボソと話す彼女はどことなく恥ずかしそうで、しかもそう思ったきっかけが自分だということが嬉しさに変わっていく。

「光の糸か。俺の髪をそんな風に例えてくれるなんて喜ばしい限りだ」

「本当にそう思ったから……仕方ない」

「だったら君の髪はそれよりもっと綺麗だ。清い流水のようでもあり、風に靡けばまるで青空が広がったように見える程だ」

相手の髪を一房掬い上げながら、“このままの色が君に一番似合っている”ことを伝えると、今の状況が互いに互いを褒めあっていることに気づいたようで、彼女は自分の髪を染めても結局見えないから止めておくと言い残したあと焦ったように浴室へ行ってしまった。

バタンと閉まった扉の音が響く部屋に一人残された俺は、濡れたままの自分の髪を掴みながら改めてそれを見つめた。

「黄金色…か」

今まで自分の髪を重要視することなどあまり無かったが、こうして誰かに褒められると誇らしく思えるのが不思議だ。
もしかすると俺が支度をしている時に度々彼女と視線が重なっていたのはそういう事だったのかもしれないと今になって思いながら、ルノアの好いてくれた色ではなくなってしまった髪を俺はいつもより丁寧に拭いていたのだった。


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