EP.79
ツェンの町を出て戦闘に遭うたびにアイテムを使って逃走を繰り返し、夜は1人野宿をしながらようやく辿り着いたマランダの町。
帝国の支配下にある事を念頭に行動しようとしていたけど、予想に反してマランダの町には武装した兵士の姿はなかった。
一体どうしてなのかと気になって住人に聞けば、和議があったお陰で帝国兵は町から撤退の準備をしていると老人が話してくれる。

帝国との和議が結ばれたのなら、皆もこれ以上戦わなくて良くなるんだって思ったら嬉しくて堪らない。世界が平和になるのを喜ばしく思いながら、疲れた体を休ませようと宿屋に向かっていると、私の頭上を鳥の羽ばたく音が駆けていった。気になって空を仰げば、一羽の鳥が町の奥にある家の屋根の上に止まったのが見えたのだ。

「あれって、伝書鳥…!!」

もしかしてコーリンゲンから来たのだろうか?。

そう思わずにはいられなくて、見失わないように鳥から目を放さず町の中を歩いていく。辿り着いた一軒の家の屋根の上をもう一度確認してから、控えめに家のドアをトントンと叩いた。

すると出迎えてくれたのは一人の女性で、名前はローラと言った。
間違いなくこの人がコーリンゲンにいる怪我をした兵士さんの恋人なのが分かった。カイエンさんと一緒に出した手紙も、きちんと彼女に届いていたのが分かって嬉しくなる。

「あの…どうして彼をご存知なんですか?」
「実はコーリンゲンに行ったことがあってその時に」
「彼は!!彼はどんな状態でしたか!!」

不安そうな表情をしなが話しかけてくる彼女に、その時の状況を教えてあげた。今はきっと順調に回復している筈だって伝えると、ローラさんは何故か俯く。

「…実はこの前出した手紙の返事が来ないんです」
「―――…え?」

一体どんな話を書いたかを聞くと、彼が好きだったレコードが見つからないという内容だったらしい。だから自分は疑われないように話の流れでそのレコードの名前を聞き出し、ローラさんの家を出て行った。

きっと兵士さんの様態はあの時とあまり変わらず、筆を執ることも手紙を出す事もできないんだろう。
だからレコードを買えるだけのお金と何をして欲しいかを書いた手紙、それから伝書鳥を飛ばす為のお金を袋に詰める。事情を知っているコーリンゲンの配達屋さん宛てに出したなら、きっと理解してくれる筈だと思ったからだ。

自分がしてることは、もしかしたら駄目なことかもしれない。それでも一度関わった人間として、今出来ることをしたかった。

望みが消えそうになる中で、待ち続ける事がどれだけ気持ちを苦しめるか知っているつもりだから。平和になってコーリンゲンに行けるようになったら、きっと2人が会える筈だって思いたい気持ちもあった。

ローラさんに伝書鳥を借りたいとお願いして、お金と手紙を詰め込んだ袋をしっかりと結わえて空へと飛ばした。
これできっとローラさんのお願いがコーリンゲンから届くはずだし、もしもあの兵士さんが元気になっていたなら、そのお金も何かの足しになればそれでいい。
直接渡すのが私であってはいけない、伝書鳥だからこそ意味があるんだ。

ありがとうございましたとその場を後にして宿屋へと歩いていくが、日雇いで稼いだお金がさっきの手紙で底をついたのを思い出す。
だけど、不慣れだった野宿の疲れが、ここにきて一気に押し寄せてくる。

体裁を気にしている余裕もなくなった自分は、無理を承知で宿屋の主人に仕事をするからベッドで眠らせて欲しいとお願いした。すると、意に反して思いのほかすんなりと話が通った。
どうやらその理由は、和議が成立した影響で撤退が決定した帝国兵が、憂さを晴らすように店内で酔っ払っい、全く収拾がつかない状態だったからだ。

ともかく今日はゆっくり休める確約が出来たことに気持ちは軽くなった。ただ、体の方は限界が近くて、立っているのも少し辛い程だ。それでも、頑張って接客や掃除をこなし、ようやく閉店の時間を迎えた。

もう少しで休める。そう考えていたけど、まだまだ帰りそうにないお客さんの姿が目に入る。先は長くなりそうだな…と、諦めた気持ちで仕事を続けること数時間、ようやくあと数人で終われるというところまで到達した。

頑張ろうと、自分に言い聞かせながら店の手伝いをしていると、いきなり腕を背後から誰かに掴まれた。
驚いて振り返ると私の腕を酔っ払いが掴んでいて、そのまま強引に何処かへ連れて行こうとする。動揺を隠しながら離して欲しいと頼んだのに、だったら帰らないぞと文句を言ってきた。

酔っているとはいえ触れられている事自体が凄く嫌で、無理にでもその手を振り払おうとするのにビクともしなかった。

…逃げられなかったらどうしよう。

そんな考えが頭の中を駆け巡り、不安が押し寄せてきて段々怖くなってくる。
店の主もこの事態に気付いて止めに入ってくれたけど、それでも酔っ払いは言う事を聞こうともしなかった。

「金ならやるぞ!だからさっさと来い!」
「!?ッ…ふざけないで!早く手を離してッ!!」
「生意気なヤツも嫌いじゃないからな。ほら早く来い!」
「絶対に嫌ッ!!離して!早く離してってば!!」

相手の腕を外そうとしたらその腕まで捕まれて、抵抗する手段が足を止める事と声だけになる。言葉で反発したり足を使って抵抗するのに、それでも相手の力が強すぎて引き摺られるようにして動き出す自分の体。
最悪な事態になりたくなくて必死になって逃げようとするのに、1人ではこんな事にすら抗うことも出来ない。

悲しくなってきて、切なくて、悔しくて、堪えていた筈の言葉が漏れ出してしまった。

「…ッ…たすけ、て…」

滲むように出た声。
それが誰かに届くことはきっとない。

そう…思っていたのに―――。



「今すぐユカから手を離せッ!それが嫌なら命を掛けて俺と戦え!!」

自分の目の前に突然現れたその姿がどうしても信じられなくて、再び会ってしまった苦しさに目を瞑ろうとしたのに出来なかった。
酔っ払いは腕を強く捻られ苦痛に顔を歪ませると、逃げるようにして宿屋から出て行った。

一瞬の静寂のあと、現実を思い出して体がフラリとよろめいた。
すると、目の前の彼は咄嗟に私の腕を掴んで支えると、こっちを見ながら当たり前のように声を掛けてくる。

「やっと、追いついた」

顔を見た瞬間、安心したせいか体中の力が抜けて床にペタンと座り込んでしまう。心配してこっちを覗き込んでくる彼の事がどうしても見れなくて、私は尚更俯くことしか出来なかった。

「大丈夫だったか?」
「・・・・・・・・」
「怪我とかしてないよな?」
「・・・・・ッ・・」

何で彼はそんなことしか言わないんだろう。
言う事ならもっと他に幾らでもあるはずなのに。

「怒ってよ……。ッ…ふざけるなって言って怒鳴ってよ……!!」

彼の優しさが自分の後ろめたさを余計に浮き彫りにするから。いい加減にしろとか、馬鹿じゃないのかって言って欲しかったのに。

「俺だって本当は色々言ってやるつもりだったけど、ユカを見たらそんなのどうでも良くなっちまった」
「・・・・何で…」
「それに前に言ったろ?俺には迷惑をかける。それが大事にする証拠だって」
「……嫌だよ…ッそんなの…!」
「お前が無事で良かった。間に合ってホント良かった…」

会えたから今はそれでいい、なんて言いながら笑ったりするから。
苦しくて、苦しくて、苦しくて。
胸が痛くて、痛すぎて、息が詰まりそうになる。

「なん、で…いつも…ッ……。私は…もっと」

ちゃんと出来るはずだって思ったのに。

「ユカ、帰ろう」

当たり前のように紡がれた相手の優しい言葉に、自分は反発するように首を横に振った。どうしてだって聞いてくるから、帰る場所なんてないって答えるしかなかったんだ。

「世界を見たけど…帰る場所なんてなかった。どこにも…そんなのない…っ」

苦しみで歪んでいる筈の自分の顔を両手で隠して、惨めな気持ちを覆いたかった。だけどその手を引っ張って前を向かせようとする彼が、じっとこっちを見つめてくる。

「いつか戻れるって」
「気休めは…いいよ」
「気休めなんかじゃない。だってそうだろ?」

この世界に突然来たんだったら、きっといつか突然向こうに戻る時が来る筈だって。

「だから、その時が来るまでは一緒に居ようぜ」

いつかが来るのなら、その時が来るまでの限られた時間を旅にしようって彼は言う。

「分からないのにそんなの無理だよ」
「無理じゃないって」
「明日ならいいけど…ずっと居たらどうするの??絶対そんなの嫌だよ!!」

もしも本当にそんな事になったら、彼の大事な人生を私が居る事で邪魔をしてしまう。
だからこそ、どこかで別々になろうと考えた。いつかきっと、彼が私の事を疎ましいとか邪魔だとか、思う日が来る筈だから。

そして何よりも、彼には幸せな日々を送ってもらいたいからこそ、ずっとなんて居たくなかったんだ。

なのに…、それなのに……マッシュは。

「よし!だったら爺さんになっても一緒に旅してやる!それでいいだろ??」

自分の小さな言い訳が相手に通じないって最初から分かってた。
だから、どうしても面と向かって“出ていく”なんて言えなかったんだ。

甘えてしまうって分かっていたから。
優しい言葉を掛けてくれるかもって思ってしまったから。
それを期待してる自分が少なからずいたから。

そうならないようにあの場所から出ていったのに、1人という寂しさと不安を改めて感じて、今みたいに彼の優しさに触れてしまったからこそ、本当は言わずにいたかった言葉が…願いが溢れてしまうんだ。

「…居たいよ…。一緒に…ッ」
「じゃあ、帰ろうぜ。皆待ってる」

こんなにも簡単に胸の内を曝け出して、相手の言葉に頷いてしまう。
私に大きな手を差し出し、立ち上がる為の手助けをしてくれる。

いつか自分がそうしてあげられる様になれたらいいのにって思うのに叶いそうもなくて。今はただ、彼に言葉を送ることしか出来ないけど、でも、いつか。

「マッシュ……」
「ん?」
「…ありがとう……っ」

彼の手を握りながら伝えた感謝の気持ち。同じことばかりしか言えないけど、それでもマッシュは私の手をぎゅっと握り返してくれた。

ありがとうって伝える度にその思いが大きくなっていく。
だけどこれ以上膨らんで欲しくない。

……自分の心の奥深くで芽吹こうとする本当の気持ち。
それだけは…どうか、この先もずっと出てこないで---。


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