EP.58
戦いで散った死者に手を合わせたあと、仄暗い街灯が照らすナルシェの町に戻ってきた私たち。暖炉の暖かさが広がる部屋に入ると、今まで抱えていた緊張が消えていくのがわかった。

これでようやく戦い続けた皆が一段落着ける筈。そう思っていたけれど帰ってきて早々、エドガーはバナン様を含め町長さんと難しい話を始めていた。
忙しない人の往来を目の前に、私は気持ちを切り替え動くことを決意する。
戦いが終わった今だからこそ、自分にも何か出来ることをやりたかった。
荷物を運んだり食事の手伝いをしたり、怪我をした人の介抱など、大変だけど夜通しすることを買って出ることにした。
疲れていないわけじゃないけど、何もしてない自分が今ここで休んでしまうのは違う気がした。だからこそ精一杯努力してみようって考えた。

「痛みますか?」

補助をしながら相手の様子を見て、ゆっくりと歩き出す。しっかりと支えながら少しずつ進んで、ようやくベッドまで辿り着くと、おばあちゃんが私に優しい言葉と共に小さな包み紙を手の平に握らせた。

「お礼だよ、受け取っておくれ」

まさかと思って包みを解くと、そこには貨幣が入っていた。慌てておばあちゃんに返そうとするのに、頑なに受け取ろうとしてくれなかった。
その後も何度も断ったのに、相手は笑顔で貰ってちょうだいと私の手をぎゅっと握りしめる。

「お礼の気持ちを形にしたいの。だから言葉と同じように受け取ってほしいわ」
「気持ちを…形に…?」

はっと気付かされたような気分がして、おばあちゃんの厚意を今度は素直に受け取ることにした。

「ありがとうございます。大事にします」

ろうそくが灯ったような柔らかい温かさを心に感じながら、私は明け方近くまで手伝いをし続けた。軽めの食事を摂った後、少しの休憩のつもりでテーブルに伏せたら、自分でも分からないくらいに一瞬で眠りへと落ちていたのだった。

次に目が覚めたのはそれから数時間後。ガウの元気な声で起こされた時だった。何やら私に伝えたいことがあるらしく、あちこち探してくれてたそうだ。

一体どんな話なのかと尋ねると、気を失っていたロックがようやく目を覚ましたという嬉しい知らせだった。早速皆が集まり、事情を説明しようとエドガーが部屋に様子を見にいくと、話し声が聞こえた直後に突然ロックが勢いよく部屋から出てきた。

「早く行こう!俺は守ると約束したんだ!」

その思いは、セリス将軍を庇ったときと同じくらい強い思いが感じられた。今にも外に飛び出そうとするロックを、エドガーが落ち着いた口調で止めに入る。

「まぁ待て。帝国はまた、このナルシェの幻獣を狙ってくるかもしれん」

昨日起きた事を考えれば、二度目がないとは言い切れないのはもっともだった。それにリターナーのリーダーであるバナン様の護衛も必要だと話す皆。色々な局面に囲まれたなかで、エドガーは素早くナルシェの守りと、ティナを助けに行くメンバーを二手に分ける事を提案した。

「フィガロ城を使えば西の地へ行くことができる。多分コーリンゲンかジドールに何か手掛かりがあるはずだ」

その話を聞いたロックは、この場にいる誰よりも先に名乗りを上げた。

「俺は行く。ティナを助けたいんだ」
「ああ、分かってる」
「それからセリスも連れて行きたい。ティナの事を知っていたし、それにまだ状況が状況だから、ナルシェに置いては行けない」
「そうだな。帝国に攻め込まれたばかりだ。町の住人も気が立っているだろう」
「悪いなエドガー」
「これくらい計算済みだ」

今の状況を把握し、物事の先を見越すエドガーは本当に凄い人だと感心してしまう。だからそこ、彼もまた最善を尽くす為に、ロックと共に自らも行くことを提言した。

「私も一緒に行かせてもらおう。城を動かすなら俺がいた方が事の進みが早いしな」
「色々とよろしく頼むぜ!国王様」
「持ち上げても何もでないぞ?ロック」
「頼りにしてるってことだろ」
「仕方ない。期待に応えるか」

これまでの話の流れで、ロック、エドガー、そしてセリス将軍がティナを助けに向かう事が確定する。他の皆がどうするのか気になって反応を待っていると、次にカイエンさんが自分の行動を決めた。

「拙者はナルシェに残り護衛を致そう」
「カイエンがいるならガウも残るぞ!!」
「それは頼もしい限りでござる」

カイエンさんから残るという言葉が出てきたのを聞いて、もしかしたらセリス将軍に対してまだ気持ちの整理がついていないのかもしれないと思えた。お互いを知るには時間が足りないし、初めて2人が対峙した時のことを考えたら仕方がないことかもしれない。

ナルシェに残ると決めたカイエンさんとガウ。それぞれの割り振りが決定していくなかで、未だにマッシュと私だけが答えを出していない。

けれど、自分は確実にナルシェに残るべき人間なのは明らかだった。そう思って発言しようと手を上げたら、隣にいたマッシュが何故か私と同じタイミングで手を上げていた。

「俺達も一緒に行っていいか?兄貴」
「…ぇっ!?ち、ちょっと…マッシュ!!!」
「いいから。さっきティナを助けたいって言ってたろ」

ティナを助けたいと思う気持ちは確かにある。
だけど、そう思っていたのは自分の心の中だけでだ。
マッシュに話してもいないし、誰にも喋ってなかったのに。だからこそ、どうして彼がそんな事を言い出したのか、訳が分からなかった。

「ちゃんと彼女のサポートは出来るのか?」
「勿論だ!遊びじゃない事くらい分かってる。それに、ユカにとっても大事な事だからさ」
「分かった。ティナを見つけた時にユカがいれば彼女も安心だろう」

自分の意思を言わぬ間に、勝手にロック達とティナを探しに行くことが決定してしまった。

メンバーがようやく決まり、出発の準備を進めようと、それぞれが動き出す。自分も支度をするように促されたけど、どうしても出来なかった。心に渦巻く遣る瀬無さが抑えきれず、私は隣に居たマッシュの腕を無言で掴み、外へと連れ出した。
そして、建物から離れた場所まで行くと、相手にむかって強い口調で問いただした。

「どうしてあんな事言ったの??私は何も言ってないのに!」
「言ってなくても顔に書いてあるだろ?」
「書いてなんかないってば!」
「いーや、書いてある」
「だからそんなの…っ」
「“行かないつもりだった”って書いてある」
「…………!?」
「お前さ、残ろうとしてたろ」
「そ、れは…ッ」

やっぱりなって溜息を付くマッシュが、一度視線を下に落とし、それから私をしっかりと見つめながら、いつもより低い口調で語りかけてくる。

「帰る場所を探す旅は、もう終わったのか??」
「終わったとかそういう訳じゃない!」
「だったら何で残ろうとしたんだ?」
「・・・・別に」
「大事な事なんじゃないのかよ」
「分かってる…!!」
「だったら尚更だろ!自分の気持ちをハッキリ言わなきゃ伝わんないぞ」
「ッ……だからこそ私には言えなかった!!!」

知らず知らず大きな声を張り上げて、自分の主張をぶつけていた。本当はどうしたいのかを相手に見透かされていて、だけど言えない理由は分かってもらえない。

「私は何も出来ない!!それなのに一緒に行ったってどうにもならないよ!」
「じゃあここに残ってたら、何か一つでも解決すんのか??」
「しないとしても…ッそれでも迷惑にはならないで済む!」
「迷惑って何だよ?誰の迷惑になるんだよ?」
「皆のだよッ!それに今までどれだけマッシュに迷惑や面倒を掛けたか分からない!そんな私が一緒にいたら…ッ」

張り合う言葉が止まらなくて、相手を跳ね除けようと必死になっていた。だけどマッシュは離れるどころか私の二の腕を掴んで、強く引き寄せ言い切った。

「俺は一度だって迷惑だとか面倒だとか思ったことなんて無い!!」

どうして。
何で、こんな簡単にマッシュは言えるんだろう。 
邪魔だって絶対一度は思ったはずだ。
疎ましいって間違いなく一回は考えたはずだ。

なのに何で。
こんな言葉を言ってくれるんだろう。

「嘘だよ…そんなの…ッ」
「嘘なんかついてどうすんだよ」
「だって、大変だから!」
「大変なんかじゃない」
「お金だって稼げない!」
「戦えば手に入る」

話す度に彼は反対の言葉を言ってくる。
終わらない言い合いの中で、どうしても聞かなきゃいけない事があった。

これを知っておかないと何も出来ない。
いつまでも不安で怖くて、きっと今みたいになる。

エドガーは『それは違う』と言ってくれた。
だけど、一番どう思ってるのかを知りたい相手は、目の前にいるマッシュだから。

「私は・・・・っ」
「――――……」
「私…は、出来なかった…」
「何が出来ないんだ?」

ゆっくりと静かな口調で問いかけるマッシュが、私の言葉を待ってくれる。話す事を躊躇ってしまうけれど、それでも言わなきゃいけないから。

「怖くて…戦えなかった…。帝国がナルシェに来た時も、その前からずっと!」

私の代わりに戦うからと、マッシュが言ってくれたのに…。
だけど人間同士の戦いを目の当たりにして、戦い続ける彼を見て、本当にこれでいいのかが分からなくなってしまったんだ。

「皆と同じように出来ない事が……辛い…」

目を強く瞑って俯き、搾り出すように話した胸の内。
それを聞いたマッシュが私に向かって語るのは、今までを辿る彼の想いだった。

「俺さ、ユカと一緒に旅をする為に戦うって決めたこと、兄貴に伝えたんだ」

それはリターナーで聞いたエドガーとマッシュの会話。
確かにマッシュがそれを話していたのを自分は知っていた。

「あの時、兄貴に言った言葉覚えてるか?“俺と同じ気持ちでいたい”ってさ。…あれ、嬉しかったんだ」

確かに自分はあの時に言った。
例えこの先どんな事があって、どんな事になっても受け入れるって。
もしそれで死んだとしてもいいって。

だけど、その気持ちが足りないって分かった。
大事だったのは私が帰る場所を探す為にマッシュが戦って、自分の代わりに彼が誰かを殺めるという事。そんなことをさせてしまう苦しさに気付いたからこそ、どう感じているのかを聞いたのにマッシュは…。

「俺は俺自身の為に戦ってて、それがうまくユカの助けにもなってんだ」
「でも、それでも…!」
「守ってくれなかったって文句は言わないんだろ?だから、いつもありがとうってあんなに言ってくれるんだって気付いたんだ。だから、それで充分だ」
「なんで…だめだよ、そんなの!それじゃ足りない…ッ全然足りてない」
「じゃあ、もっと沢山言えばいいんじゃないか?」
「だったらずっと言うよ。煩いって思うくらい言い続けるしか私には…ッ」
「ああ、いいぞ」
「何で……?どうしてそんな簡単に“いい”って言ってくれるの?」

彼の考えが分からなくなって、何故なのかをどうしても知りたい。見返りとか、そう思えるだけの何かを彼が貰ってないと不安で堪らない。
それなのに、マッシュはこう言ったんだ。

「俺、お前に“ありがとう”って言われるの結構好きなんだ」
「………………え…」

笑って答える彼の顔を見てると、本当にそう感じてるのかもしれないって思えた。だけど、あれだけ沢山の事をしてくれるのに言葉だけでいいなんて…そんなの。

信じたい気持ちと信じられない気持ちが混同する。
だからこんなに心が揺れて胸の奥が痛むんだ。

それを相手にも、そして誰よりも自分に知られたくないから、分からないフリをした。

「ユカも行くだろ?一緒に」
「……行きたい。ティナも探したい。だけど本当に一緒に行っても……いいの?」
「当たり前だろ!最初からそう言えよな。遠慮し過ぎるのがお前の悪いとこだ」
「だけど!大事だって思うからこそ、迷惑をかけたくないから」
「じゃあこうしろ。俺には迷惑をかける!それが大事にするって証拠だ」
「っ変なの……。ほんと変だよ…マッシュって」
「そんなの言われたって俺は気にし……―――な」

とん、と倒れこむように彼の胸に額を寄せて、伝えたいと決めていた言葉を気持ちを込めて口にした。

「ありがとう、マッシュ…」

ほんの少しの間だけ寄り添って、その後すぐに離れる。
呆然としてる彼をそのままに、自分のしたことの恥かしさに居た堪れなくなった私は、1人で皆の居る場所に戻り旅支度を始めた。それから少し時間が経ってからマッシュが戻ってきたけど、何故か私と口を利いてくれず、異変に気付いたロックが私に聞いてくる。

「なぁなぁ、ユカ。マッシュのやつ変じゃないか?」
「…その、ちょっと色々あって怒ったらあんなんなっちゃった」
「ユカって結構怖いんだな」
「そんな事ないよ」

笑顔で言うと、ロックが何故か後ずさりをしながら私から遠ざかっていった。
皆が支度を終えたあと、ナルシェに残るカイエンさんとガウにいってきますと声を掛け、仲間と一緒にティナを探す旅に出る。
そして、同時に自分が帰る場所を探す旅の続きが始まった---。


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