EP.53
帝国兵が占拠するサウスフィガロの町を抜け、次はフィガロへ続く洞窟へと向かう。
町を去る時に、ダンカン師匠の奥さんの事が気にかかったけれど、町の中に入る事は叶わない。どうか何事もなく無事で居てほしいと願いながら、私達はナルシェを目指して歩みを続けた。

北西の方角へ進んでいくと、山肌に洞窟の入り口があるのを発見する。その中は薄暗く湿り気を帯びた空気が充満していた。戦闘を繰り返しながら、入り組んだ道を歩き続けていくと、大破した巨大な車が火花を散らして横たわっていた。

「一体何があったんだ!?」
「もしかして帝国の兵器なのかな?機械のアーマーと雰囲気が似てる」
「かもしれないな」
「みんな!すごいぞ!でっかい穴あるぞ!」

ガウに言われて壊れた機械の後ろを覗き込むと、岩壁に大きなトンネルのような穴が開いていた。

「この機械が穴を開けたようでござる」
「相当な破壊力だな」
「でも壊れてるって事は誰かが破壊したんだよね。一体誰だろう?」

憶測ばかりが飛び交うが、もしもこれが帝国の兵器だとしたら自分達よりも先に通った誰かが、この兵器を倒したことになる。それが誰かは分からないけれど、戦闘をせずに進めることは在り難いことだなと思い、心の中でお礼を言っておいた。

大破した兵器の横を通り、洞窟を抜けて太陽の下に出ていくと、体に感じる何もかもが今までの大陸とは明らかに違っていた。
流れていく風も空気も、太陽の光も何処か違う。
カラカラと乾くような感じがするのは、もしかすると気候の影響だろうか。

マッシュに先導されて平野を進んでいくと草が段々と減っていき、どんどん短くなっていく。すると、先を歩いていたマッシュが立ち止まりコートを羽織るように促した。

「もうそろそろだな。迷ったり体力が減らないように、なるべく山沿いを歩いていこうぜ」

皆がそれに頷いてコートを羽織りフードを被る。
洋服が嫌いなガウも渋々それに従い、同じ格好になって並んで歩き出す。
進めば進むだけ段々と太陽の日差しが強まり暑くなっていく。乾燥した砂を含む風が吹きつける度に、目を細め俯いて回避していた。

「ユカ、大丈夫か?」
「ん?うん、大丈夫」

足元ばかり見つめながら歩いていたせいで、前にいたマッシュとぶつかりそうになる。慌てて立ち止まり正面を向くと、そこに広がっていたのは果てしなく広大な砂漠地帯だった。

「……すご、い…本物の砂漠だ…」
「今まで見たこと無かったのか?」
「うん、初めて。本当に凄いね…何だか吸い込まれそうになる」
「自分が小さく思えてくるよな」
「そんな感じがする。これってどこまで続いてるのかな」

感嘆の息を吐きながらじっと景色を見つめていると、マッシュが西の方を指差しながら言った。

「向こうの方角にさ、フィガロ城があるんだ」
「フィガロ城ってエドガーさんとマッシュの?」
「そ。まぁ今は兄貴の城だ」
「お城ってやっぱり大きい?」
「ああ、でかいぞ。それにな!…あ、いや何でもない」
「え、何??途中で止めないでよ!気になる!」
「やーだね」
「ケチ!」
「それは自分で見てみればいいだろ?」
「見ればって……いつ?」

考えこんだマッシュは、多分と付け加えながら答えてくれた。

「ナルシェの一件が片付いたら、少しは落ち着きそうな気もする。それからかな」

絶対ビックリするぞって楽しそうに話すマッシュ。子どもみたいな彼の雰囲気に飲まれて、お城を見に行くっていう約束が今から楽しみでならなかった。

その会話を聞いていたカイエンさんが、ドマ城とどちらが大きいかってマッシュに聞いていた。マッシュは迷いながらもフィガロと答え、カイエンさんもドマもなかなかでござる、と張り合う。自慢大会になっていく中で、いつの間にか互いの国の褒め合いに変わり、楽しそうに笑っていた。

私の隣でガウだけが話を理解出来ずに不満そうにしてたので、2人の事を詳しく話してあげれば何となくは伝わったようだ。

「すまぬ、ガウ殿。騒ぎすぎてしまった」
「悪い悪い。ガウにも今度フィガロ城見せてやるから!」
「ふぃがろじょうってうまいのか?」
「いや、食えないから」
「なんだ。じゃあ他のくれ」
「なんだって何だよ。このやろ」
「なんだ?やるのか?」
「そっちこそやるのか?」

初めて会った時を彷彿とさせるやり取りに、慌てて割ってはいる私とカイエンさん。
すると、冗談だよ、とマッシュとガウが2人して笑い出した。

「ウマが合ってきたでござるな」
「確かに。2人って似てるよ」
「「似てないぞ!」」
「ほら、似てる」

今度は私とカイエンさんが笑い出して結局皆が笑い出す。
何だかこの4人で一緒にいると、とっても気持ちが落ち着くようになっていた。
悲しい事や大変な事もあったりしたけど、それを共に歩んだからこそ今に繋がっていて。

そんな気分に1人浸っていると、マッシュが少し考え込んでから、私たちに対して言葉を切り出した。

「あの、よ…皆に話したいことがあるんだけど、いいか?」
「どうしたの?」
「俺の名前、皆知ってるだろ?」
「マッシュ殿でござろう」
「ああ。そうなんだけど、それとは別の名前があってさ」
「なんだ?なんだ??いっぱいあるのか?」
「いっぱいじゃないけどな」
「何ていうの?」

その問い掛けに、彼はいつもと違う改まった顔つきで自分の名前を口にした。

「マシアス…。マシアス・レネ・ファティマ。それが俺の秘密の名前。家族とか大事な人しか教えられないんだ」
「何故そのような大事な名前を拙者達に…」

カイエンさんが言うように、どうして自分達にそんな大事な名前を教えてくれたりしたんだろうか。仲間だけど王族の人しか知らない秘密を知ってしまってもいいんだろうか。
困惑気味にしていると、マッシュが大きく笑いながら言った。

「何つーか、旅して飯食って笑ってさ。色々あったけど、ここまできたら家族みたいなもんだろ??」
「・・・・・・・家族…」

その響きが沁みて、胸の奥がきゅってなるのが分かった。
穏やかな笑みを向けて互いが互いを見つめていると、真ん中にいたガウが飛び跳ねるように騒ぎ出す。

「かぞくってなんだ?カゾクっていいのか?」
「お互いが仲良しで助けあったりするの。今の皆みたいな感じだよ」
「じゃあ、おいらもかぞく好きだぞ!!一緒にいると楽しい!!」
「そうだね。楽しいよね」

繋がりがあるからこそ、大変な事が起きて辛くても前に進んでいける。そんな風に皆が思ってくれていたら、とっても嬉しいなって思った。

「さてと、俺からの話はこれで終わり。時間取らせてごめんな。そろそろ進むか」
「いやいや、良い話を聞かせてもらったでござる」
「ですよね!何だか秘密の共有って嬉しい」
「そうか?」
「そうだよ!マシアス君」
「・・・・・おい、ユカ」
「折角だから言わせてよ。ナルシェに着いたら言えなくなるから」

いいよね?なんて強引に頼み込んで、歩きながら何度も名前を呼ぶのには訳がある。大事な名前を教えて貰ったからこそ忘れずにいたいんだ。

「マシアスー!行くよー!マシアスー」
「連呼すんなって」
「マシアスはケチなのかな?」
「聞き慣れないから落ち着かないんだ」
「じきに慣れるよ、マシアス」
「ユカ、お前絶対からかってるな?。秘密の名前だって言ったろ」
「だけどさ、名前って呼ぶ為のものだと思う。それに秘密の名前なら普段誰も呼んでくれないし、せめて今くらいはいいかなっ〜て。やっぱ…ダメかな?」

それを聞いたマッシュは黙って下を向いてしまう。
相手にとっては大事なことなのに、浮き足立って茶化してしまう自分の悪い癖が出てしまった。謝ろうとする自分の横を通り過ぎていくマッシュが、すれ違い様に私の肩を叩いて、去り際に一言呟いた。

「ありがとな……」

お礼を言われるような事をしたつもりなんて無かったから、驚きのあまり体が硬直した。
マッシュに触れられた部分だけが妙に温かくて、まるで今でもそこに手が置かれているような感じがする。ありがとうって言われたのが嬉しくて、また秘密の名前を口にしようとするのに…………どうしてだろう。

何だか上手く言えなかった---。


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