皆が交代で看病してくれて、一日ずっと寝た次の日、自分でもびっくりするほど一気に体調が回復した。今までこんなに早く風邪が治った事なんてなかったのに。
きっと苦い薬とポーション、そして何より皆のお陰なんだなと思って、三人を前にしてお礼を言った。これからは迷惑を掛けないように配慮しようと考えながら、支度を終えてサウスフィガロ行きの船に乗り込んでいった。
港から出航する船の上、私は看病してくれたマッシュに休んでもらいたくて、さり気なく言葉を掛けたのに反対に茶化されて空回りに終わってしまう。
しかも、はしゃいで海に落ちたら困るだろ、なんて彼は笑いながら言ってくる。
だからふざけてマッシュの背中を押してやった。
勿論、真似事だから力は籠めなかったけど、それでもマッシュの体は私の力じゃ全然動かなくて。
彼との体格差を如実に感じてしまい、触れている事が恥ずかしくなってきて、重いからと誤魔化すように離れたんだ。それからガウとカイエンさんが集まってきて、一緒に楽しく笑いあった私達。
揺れて進む船旅。
到着する間に、どうやってナルシェまで行くのかという話になった。
マッシュが言うにはサウスフィガロから洞窟を抜けて、北上していけばナルシェに行けるようだ。
「けど、町が今どんな状況か分かんないのは問題だな」
「リターナーにいた時に確か帝国が…」
「うまく港に着けたとしても、普通に町から出るのは難しいかもしれない」
少しでも情報が欲しかった私達は、定期船の船長に町の状況を確認しようと声をかけた。すると相手は声を潜めながら私達に教えてくれる。
「町は帝国兵がうようよさ。気付かれないように出してやるぜ」
「本当か!?」
「マッシュ!声が大きい!」
しーっと皆で人差し指を立てながらひっそりと話の続きを聞く。船長によると、誰にも知られる事なく町の外まで行ける方法があるらしいのだ。
港に着いたら準備をする、とだけ教えられ結局詳細は分からなかった。
「一体どんな方法でござろう?」
「港からどこかに通じる地下通路があるとか?」
「がうー」
「まぁ、着いたら分かるみたいだし、船長を信じようぜ」
不安事も解消し、後は船がサウスフィガロに到着するのを待つだけ。するとマッシュが荷物から何かを取り出し、それを皆に配り始めていく。
「フィガロとナルシェに行くには必要な物だから渡しておくな」
受け取ったそれを広げてみるとシンプルな色合いのフード付きロングコートだった。
どうしてこれが必要なのかと聞くと、短く説明するマッシュ。
「砂のち雪なんだよ」
「砂と雪??一緒になることなんてあるの?」
「いや、正確には砂漠を超えた後に雪の積る山岳に行くんだ」
「じゃあ、もの凄く遠い??」
「そこまで遠くないかな。フィガロは砂漠地帯、ナルシェは凍原地帯になってるんだ」
寒暖差が激しいからこそ、暑さと寒さに耐えなくてはならないという事らしい。慣れない私達にはあった方がいいという彼なりの配慮は、とても心強かった。
「物知りマッシュだね」
「まあ、一応な。フィガロの人間だし」
「フィガロ…。そっか、そうだもんね」
「ユカ、お前忘れてたろ」
「そ、そんな事ないよ」
うんうんと頷きながら話を濁して立ち上がると、船の進む前方に陸が見えてきていた。
立ち上がった三人もそれを見ながら意気込む様子が窺える。
帝国兵が待ち受けているであろうサウスフィガロの町。事が起これば戦い、もしくは逃走の準備が必要になるからしっかりと支度を整えることにした。
暫くしたのちサウスフィガロへと到着した船が、岸壁に停船し上陸の準備を進めていく。その間に自分達は船長の指示により、船の後方へと集められた。
一体これからどうなるのか。
緊張の中で言葉を待っていると、船長が指し示した場所に全員の視線が注がれる。
「これだ」
「「「「・・・・・・・・・」」」」
分からない。
一体どこを示しているのだろうか。
目を凝らして考えを巡らせて指が向いている方向を真剣に見るが、どう見たってそこにあるのは船に積まれた大量の荷物だった。
「で?一体どうすんだよ、船長」
「だから、これだ!」
「あの…これって??」
「この箱だ!もしかして見えないのか??」
「いや見えるでござる」
「だろ!?じゃあ分かるだろ」
「がうー」
海の男の荒々しい気質だろうか。いきなりガウを捕まえると木箱の蓋を開け、その中にぽいっと入れてしまったではないか。
「つまりこういうこった」
「なるほど。荷物に見せかけて運ぶってことか!」
「当たりだ!」
船長の名案だろと言わんばかりの表情に何も言えなかった。それに自分達に別の案があった訳でもなかったのでここは飲み込むしかない。
腹を括ってどの箱に入ればいいのかと聞くと、置かれた木箱は2つしかない。船長が言うにはこれでも荷物を分散させてどうにか作った空きだそうだ。
でも自分たちは4人いる。
もしかして往復で運ぶのかと聞いたが、すぐ戻るなんて疑われるから一回きりだと言われた。
「・・・・・え…、じゃあ」
「お前さん達が2人に分かれりゃ問題なしだ!」
わははと笑う船長さんだったか、大問題ではなかろうか。
「ええと、私とガウが小さい方の箱に入れば大丈夫そうだね」
「ユカと一緒!入るぞ!入るぞ!」
「お2人とも待たれよ!どうみても拙者とマッシュ殿がこっちの箱に納まるとは思えないでござる!」
確かに箱の前に2人が並ぶと、その時点で無理そうなのが分かった。
それならばと私とカイエンさん、マッシュとガウの組み合わせにしてみるものの、またカイエンさんが意義を申し立てる。
「な、な、な、なんと!!!そのような事は絶対にあってはならぬ!拙者にはミナという妻が居た身。だというのに仲間と言えどオナゴのユカ殿と密室の箱に入るなど言語道断!!ガウ殿なら男同士なんの問題もなく入れるでござる!!!」
物凄い剣幕でそう言われ、何も言えなくなる。
だけど、最後の組み合わせこそどうなんだろうか。男女が入るのがけしからんなんて言われたら、こっちも一応男女の組み合わせなんだけど…。
そう思いながらも、なんとなくマッシュに探りを入れるような雰囲気で声をかけてみよう。
「は、入れるのかな?」
「うーん……」
「で、でも結構空いてるからどうにかなりそう?」
「うーん」
「わ、私と入るの嫌だとは思うんだけど…」
「まぁ、仕方ないよな!ちょっとの間だし、我慢するしかない!!」
「そ、そうだね…。我慢するしかないよね、我慢するしか…我慢ね…」
ここまでハッキリと我慢するとか言わなくてもいいじゃないか。マッシュの素直すぎる意見が地味にダメージを与えている。
でも、反対に断言された方が変に気を遣わなくていいかもしれない、とも思う。
マッシュが何も思わないなら、こっちも普通にしてればいい事だし。
1人納得し、できるだけ相手とぶつからないように距離をとって座る。
なのに、船長さんが無理やり荷物を詰め込んでくるではないか。
「ええっ??あのっ!!」
「荷物を入れておかねぇと開けられた時に誤魔化せねえからな。ほら、譲ちゃん。もっとそっちに寄ってくれ」
不測の事態に動揺する自分がここに居る。
出来るだけ小さく三角座りをすれば問題無いだろうと、箱に背を向けて座れば今度はマッシュが文句を言ってくる。
「それじゃあ俺が入れないだろ」
「何で?」
「いや、足がさ」
「じゃあ私が入る場所ないよ」
「いや、あるだろ」
「どこ?」
「俺の脚の上」
「・・・うぇええ!?」
声がひっくり返る程の衝撃だった。
無い。無い。無い。
それは無い。
もしそうなったら、マッシュに自分の全体重が乗ってしまうじゃないか。首をぶんぶんと横に振って否定していると、船長さんが痺れを切らして蓋を締め始める。
「あの!あと少し時間が…!!」
「いいからさっさと入ってくれよ譲ちゃん!見回りが来る!」
「ユカ!早くしろって、ほら」
「…待…っ!!」
ぐいと腕を引っ張られ沈むように箱の中に納まる自分とマッシュ。
段々と暗くなり蓋が完全に閉められ、身動きが取れず中腰という不完全な状態に途方に暮れた。
「どこでもいいから座ればいいだろ」
「何処も何も全然見えない……」
片方の手は握られたままだから、マッシュが何処に居るかぐらいは分かる。
それから推測して座ろうと思うのだが………。
出来なかった。
川や滝に飛び込めたのに、こんな簡単な事が出来ないなんて。
「早く座らねーと動き出すぞ?」
「だけどさ、私、重いから!」
「じゃあどれくらいなんだ??」
「言えるわけないってば!!」
「変な奴」
「変じゃな…ッ!?」
続く言葉が途中で途切たのは、自分達の箱が運ばれ始めたからだ。
その影響でガタンと揺れ、中途半端な格好の自分は押さえが効かず、相手に向かって思いっきり倒れ込んでいった。
「ッ……ん!!!」
「あぶね…!大丈夫か?」
「え…っあ、あ、うん、平気!」
そうやって一応は答えるけど物凄く気まずい。
見えないからこそ自分が相手のどこにいるのかを想像してしまう。
声が上の方から聞こえたから、きっと胸元あたりに寄り添ったような状態になっている可能性が高くて恥ずかしくなった。
「ご、ごめん…すぐ避けるから!」
「避けてどこに行くんだ?」
「え、と…あの…」
「じゃあ、このままがいいか?それとも脚の上か?どっちがいいんだ?」
「脚ッ!!!」
「じゃあ早く座れって。喋るとバレるぞ」
「う、うん…」
そうは言うけど、簡単に動けないのが実情で、座ろうとするのに、お互いが配慮し過ぎて色々な事案が発生してしまう。
「あ!ちょっと…ッ変なところ触らないで!!」
「変って…どこだよ?」
「言えないよ!!」
マッシュがサポートするからこんな事になって、それでもどうにか向きを変えて座ろうとするのに。
「ッおい!!変なところ座るなって!!」
「何で!?」
「いいからもっと前に座れって!じゃないとマズイだろッ!」
「知らないよ!もう、どこ!?」
「ほらっ!ここだ」
「ぅわっ…ッ」
急に腹部に回されたマッシュの腕。
その腕が行き場に困っていた自分を誘導し、ストンと座らせた。
「揺れてぶつかると危ないだろ。とりあえず押さえとくから」
「は………はい」
あまりの状況に、心臓がドクドクとうるさく騒ぎ出す。
だってマッシュが真後ろにいるから、背中近くに相手の気配を感じてしまう。
腹部には太くて逞しい腕が回されてるし、彼の脚の上に乗っているからどうすることもできない。
ここが暗くて本当に良かった。
もし明るかったら恥ずかしさで熱い頬を見られてしまっていただろう。
それに隠れて町を抜け出すという緊迫した状況下なのに、不謹慎にも照れるなんてあってはいけない。マッシュはこの状態を我慢してるんだし、自分だけが変に意識してるのも知られたくない。
平常心と思いつつも回された彼の腕が心地いいのも本当で。
何気ないフリをしながら自分の腕を置くように重ねたなんて、絶対に私だけの秘密だ。
暫くの間そのまま箱の中で揺られていたが、不意に動きが止まりドンドンと叩く音が聞こえる。
箱の蓋が取り外されると差し込む日の光が眩しくて堪らない。手で明るさを遮りながら立ち上がろうとするけれど、なぜかマッシュが離してくれなかった。
「マッシュ着いたよ」
「ああ、分かってるって。そらよ!」
「ぅ、うわぁっ!!」
自分を持ち上げたまま軽々とジャンプをして箱から飛び出すマッシュ。
見事に着地すると、ゆっくりと降ろしてくれた。
「あ、ありがとう…」
「おう。さてと、行くとするか!」
すぐに歩き出したマッシュの後ろを付いていくように歩き出していく。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせてみるけど、未だにドキドキと鳴る心臓。きっと隠れるという緊張感が今も続いているせいだ。
だってそれ以外、他に考えられる事なんて何もないじゃないか---。