リターナーを出た時も、ドマを抜けた時も、モブリズを出発した時もユカは元気で。
たまに心が落ち込んで悲しそうにするけど、それでもいつも笑顔だった。
ガウに会いたいって言った時に、あいつは俺達に頭を下げたんだ。
手伝ってほしいって言いながら。
俺はいつも自分の思った通りに動いて、皆に迷惑をかけてる。
だけどそれは、それでもついてきてくれるっていう気持ちが根底にあるから。
そう思っていたからユカにも同じようにして欲しいのに、だからこそ彼女が頭を下げた事が少し寂しくもあった。もっと俺達に色々言えばいいのに。こうしたいとか思ったら巻き込んでいいから行動しちゃえばいいのにって。
だけど、必ず俺達の事を第一に考えて、いつも話をしてから動く。
蛇の道に飛び込む時も本当は凄く怖いくせに、それでも大丈夫だって必死にガウの為に頑張ってた。
町に着いてからも、いや、きっと出会ってからずっとユカは気を張りつめながら人知れず頑張ってたんだ。
慣れない生活、環境、そして…旅をしてる事もすべて。
リターナーを出るときに兄貴から言われた言葉が今になって響いてくる。
『彼女に無理をさせないようにするんだぞ』
そう言われて俺は、“大丈夫だ、危ない事から俺が守ってみせる”って言ったんだ。
上手く伝わっていればいいんだがな、と杞憂するように呟いた兄貴。
守るっていう言葉の意味合いが違うんだって今更ながら理解する。
ニケアに着いたあと町中で転びそうになったユカ。夕食後に帰りたいと言いながら俺の腕に触れてきた彼女の手の熱さや、朝食を一人で食べた本当の理由も、いつもと違うサインがあちこちにあったのに気付いてやれなかった。
だから今、ユカはベッドで苦しそうにしてるんだ---。
夜になりカイエンと交代して今度は俺がユカを看る。熱で温くなったタオルを冷えたものに換えて、彼女の額の上にそっと乗せた。
明日の朝には少しでも良くなって欲しいと思いながら何度も繰り返し交換していると、夜中にふと目を覚ましたユカが弱々しく俺を呼ぶ。
「マッ……シュ……」
「どうした?喉渇いたか?」
言葉を発せず小さく頷いた彼女。
起き上がるのを手助けしようと触れた背中は思った以上に熱くて募る不安。
だけど、それが顔に出ないように努めて普通に振る舞った。
「ポーションとか飲めそうか?少しは効くぞ」
「でも…美味しくないから…なぁ」
弱い笑みを見せながら話すユカ。
渋る彼女にポーションを手渡してやれば、飲み干した後にもっと渋い顔をしていた。
それから眠るように声を掛けると一瞬戸惑ってみせる。だけど素直に横になったユカが布団から顔を覗かせて俺に話しかけてきた。
「マッシュ…寒くない?疲れてない?」
「ああ、全然」
「いつも元気だね…」
「今はそれが取り柄だしな。でも昔は違ったんだぞ」
「そうなの…?」
「まぁな。それより寝ないとな」
「でも今は寝れなさそうで…。もし、嫌じゃなかったら話を聞かせて?」
本当は寝かせるべきなんだろうけど、少しの間だし相手の小さなお願いだから聞いてやりたかった。だから面白くないぞっていう前置きをしてから、自分の小さかった頃の話を喋り始める。
「実はさ。俺、昔は兄貴より小さかったんだ」
「え…??うそ……」
「信じられないだろ?それにちょっと病弱で引っ込み思案でさ」
「そうなんだ…。印象が違うね、今とは」
「違うって言われるとホッとする。城を出て修行した意味があるしな」
「……何か…小さいころにあったの?」
「・・・・・・え・・・?」
不意にユカが俺にそう言った。
何でそんなこと聞いたのか尋ねたら、困ったように話してくれる。
「お師匠様の家で話してくれた時も自分を変えたかったって言ってたから…」
「…そっ、か…」
「あの時のマッシュね…悲しいっていうか切ない顔してたからそれで…」
“適当な事言ってごめんね”と誤魔化したユカ。
だけど、あんな短い時間と会話の中で俺の表情を見て、何かを感じ取ってたんだと知る。他人の気持ちや状況に聡いからこそ、きっと自分よりも相手を優先させるのかもしれないって思った。
「話してくれてありがとう…」
「いや、いいんだ」
「ねぇマッシュ。私はもう大丈夫だから眠くなったらちゃんとベッドで寝てね…」
「人の心配してないで、今は自分の心配が先だろ?」
そうやってこんな時ですら、自分よりも俺を気にしてる。だからこそ、倒れたんだと痛感する。
「なぁ…本当に大丈夫か?」
「・・・・・・・・うん」
「頭とか腹とか痛くないか?」
「・・・・・・・・うん」
「…何か隠したりしてないか?」
「・・・・・・・・・・」
そう聞くと返事をしなくなった彼女。
相手が喋るのを見つめながら待っていると、ぼそぼそっと小さく答えてくれた。
「少しだけ………足首が痛くて…。でもちょっとだけだから…」
「…やっぱな」
ユカが倒れたって聞いた後、すぐに医者を呼んで看てもらった。その時、倒れた原因の一つが足首の炎症がもたらす熱で、最大の要因は疲労の蓄積だって話してたのを思い出す。
「ずっと我慢してたのか?」
「そこまでじゃなかったから…」
「隠したりしないで、今度からは絶対に言えよ。じゃなきゃまた倒れちまう」
「ごめんなさい……迷惑かけて」
「迷惑とかそんなのいいんだ。俺は、ただ」
ガウが俺たちの所に戻ってくるなり“ユカが倒れた”って叫ぶように言ったから。
色んな事が頭を巡って、焦りを感じた。
「遅すぎたとか、もう嫌だからさ。それに我慢してんのも辛いだろ?」
いつの間にか布団の中に潜っていたユカが小さく返事をしたのが分かった。今、自分が思ってる事が少しでも伝わればそれで良くて、元気でいてくれればそれが良くて。
「おやすみ、ユカ」
返ってこない返事の代わりに布団の隙間から出てきたのは額に乗せていたタオル。
おかしな行動を鼻で笑いながら冷たいタオルを渡そうと布団に手を掛ければ、めくる事を拒否するように重ねられた熱い手のひら。
「マッシュが居てくれて……本当に良かった…」
聞こえた言葉の直後、ありがとうと一緒に笑顔を見せるユカ。
その笑顔はリターナーで兄貴を説得した時や、ニケアに着いてから見たものと一緒で。
切なそうに、今にも泣きだしそうに、でも嬉しそうにするから。
この笑顔を見る度に心の奥に何かが響いていく。
そして自分が相手の力になれたんだって思えて嬉しくなる。
だから、俺もユカと同じように居てくれて良かったって感じるんだ---。