[In Cayenne's view]
戦というものが悲しみを生むのは知っていた。
しかし領地を奪い合い戦ってきた事は、今に始まったことではない。
歴史がそれを繰り返していたからだ。
拙者がドマ城に仕えてどれだけの年数が経っただろうか。
妻と出会い、かわいい息子が産まれ、日々成長していく姿を傍で見ることは至極幸せな事だった。
数年前から始まった敵国との戦い。指揮系統と反撃方法を見る限り、今回もまた武人同士の戦いだと感じた。きっとまた同じ人物がこの戦の指揮を執っているに違いない。
それを感じて真剣勝負を挑むのも、武を極め強きを志すものとして、そして仕えるものとしての悦びとも言えるのかもしれない。
この戦いはドマが得意とする篭城戦。長期戦が予想されていただけに、ドマの兵士もみな城の中に寄り集まり戦いに備えていた。
だが、しかし……。
この状況と、もたらされた一報により全てが狂い始めていく。
「カイエン殿!!敵国陣地の方で動きがあるようです。新たな攻勢の前触れでしょうか?」
城の最上階から外を眺め敵国の動きを見ようと目を凝らした時、いつもと何かが違うと違和感を覚える。
「ん?水の色が…?」
小さな変化だったとしても、それは恐ろしい恐怖を生み出す。城内に流れる水路の傍を警備している仲間達が、次々と力なく倒れていくのが分かった。
「カイエン殿!」
「これは……毒でござる!」
恐ろしく卑劣な罠に怒りが心頭していく。
今までの正々堂々とした武人らしい戦いから一遍した作戦が、よもや行われるなど夢夢にも思わなかったからだ。
「陛下をお守りせねば!!」
国の要となる陛下の身を案じながら、城内を駆けていく。途中、倒れている人々の姿に悲しみを覚えながら仲間と共に辿りついた陛下の御前。いつもならそこに雄雄しい姿を見ることが出来るというのに、今は地べたに伏せ、苦しみに悶えていた。
「陛下、しっかり!!!」
「おぬしは……」
「カイエンでござる!」
「おお……そうか…目をやられてしまって、おぬしの顔も見えぬ……」
「陛下!陛下!しっかりしてくだされ!」
「カイエンよ…私の父上の頃から、このドマ王国を守ってきてくれて…感謝しておるぞ」
まるで何かを遺さんとする悲しい語りに、今までのこの国に対する想いが溢れそうになる。
「すまぬ…わしがこの国を守りきれんで…」
「そんなことはありませぬ!」
「おぬしらの家族が心配じゃ…うう…息が苦しい…胸が焼ける」
痛みに耐える陛下の苦悶の表情。
青褪めた顔はみるみる白くなっていった。
「無理はなさらずに!喋ってはなりませぬ!!」
「家族の所にいってやりなさい……く……く……」
「陛下ッツ!!」
何という最後だろうか。
戦って死ぬのではなく、毒を盛られ最後を迎えるなど。
国の主として守ってきたものを、こんな形で失ってしまう事はどれほどの苦しみか。
「カイエン殿!」
悲しみに俯く顔が、仲間の声で前を向く。
きっと、この城の中には生き残った人々がおるやもしれない。
兵士と共に命あるものを助けようと、悲しみを背負いながら懸命に走り回った。廊下を進み扉を開けるが、目にするものは苦しみに歪んだ亡骸ばかり。
そして扉を開くたびに感じるのは、焦りだった。
なぜなら近づいていく1つの部屋に、自分の最愛の家族がいる部屋があるからだ。
今すぐ、その部屋から2人が出てきてくれないだろうか。
自分を探して息子が…妻が走ってきてくれはしないかと。
思うばかりで辿り着いてしまった部屋の前で、ゆっくりと開ける扉の先に自らが目にしたものは…悪夢以外の何物でもなかった。
「ミナ!しっかりするんだ、ミナ!!!」
テーブル近くに倒れこむ妻に駆け寄り名前を呼び続ける。
体を抱き起こし、いくら呼びかけてもいつものように返事をしてくれない。
目を開けて名前を呼んでくれない。
触れた白い肌にはまだぬくもりが残っているというのに---。
「こんな…こんな事が許されていいのか……」
現実が受け入れられず、妻を強く抱きかかえる。
途方にくれそうになる中で目に映ったのは、ベッドから覗かせる息子の小さな手だった。
「!!シュン!!!」
もしや眠っているのでは。
きっと眠っていてこの騒動にすら気付いていないんだろう。そんな希望を抱き、急いでベッドに近寄り掛けられていた毛布を取り去ろうと手を掛けた。
けれど。
ずるりと力なく落ちてきたのは息子の小さな体だった。
「あ………あ………。そ、そんな…馬鹿…な………」
近寄ることが出来なかった。
もしもその愛らしい体に触れて、認めたくない真実を知ってしまったとしたら…。
自分は…壊れてしまう気がした。
あってはならない事の全てが起こり、在った筈の全てが目の前から消えていく今。
打ち震える心が滲み、手が震える。溢れ出す怒りが自らの体を包んでいく。
「許さん……許さんぞッツ!!!帝国め!!!!」
たとえ体が幾度切り裂かれようと、腕や足がもがれようと何度でも起き上がり戦い続ける覚悟がある。
奪われた悲しみと戻らない日々。
それを返してもらうまで、自らの心を焦がす程のこの怒りは消えはしない---。