EP.08
ユカの怯えたような視線を受けた瞬間、俺はどうしたらいいかよく分からなかった。
だってほんの少し前までは面白い奴だとか皆と何も変わらないと思っていたんだから。


昨日の夜、俺のところに布団を持ってきてくれたユカ。その心優しい一面や、朝方バルガスに起こされて飛び起きる彼女は至って普通だった。

修行の身の俺達の日常は一般とは違うから、朝起きるのも早いしユカには大変だろうなとは思った。とはいえ子供じゃないんだから、何でもかんでも手伝うのは変だろうし。

でも、昨日の水汲みひとつでもあんな調子だったから嫌でも気にはなる。俺達が山に鍛錬に向かう時だって留守番を頼んだら一つ返事で了承するし、いきなりバルガスは風呂の準備をしておけなんてユカに嫌がらせめいた事を言ったりした。

それを聞いた瞬間、俺は瞬時に無理なんじゃないかって思っちまった。だから、こんな命令はしなくていいって話に割って入るのに、ユカはバルガスに食って掛かるんだ。

「やります」

またも一つ返事で受けたから、びっくりする意外にない。
だってあんな調子じゃ大変なのは目に見えてたからだ。なのにやると言い張る彼女のときたら“聞く耳持たず”っていう顔をしてた。
こうなってしまえばどうする事も出来ないと諦め、ある程度の手順を教えてから俺達はユカを家に残して修行に向かったんだ。

山へ向かうその道中、俺は少しだけ考え込んでいた。おっしょうさまはユカの事をどう思っているんだろうって。俺が意識が無いまま放って置いては危険だからと連れてきたから、師弟のよしみで置いてくれてるのかもしれない。

それから、バルガスが気にくわないのは見るからに分かってる。アイツは馴れ合うのは好きな方じゃないし、苛々してるのが如実に行動に現れてるからだ。

当の俺はといえば、判断にあぐねてるというのが本当で。自分から連れてきといて酷いかもしれないけど、彼女の安全を確保する為だった。

人それぞれ生きていて、その結果偶然にも出会い助けた。
ユカにはユカのやる事があるだろうし、回復すれば笑顔で送り出すのが普通だろうから。

彼女が悪い子じゃなっていうのは、話し方や行動で分かる。
他人を思ったり、気に掛けたりする気持ちもきちんと持ってるし、だけどうまく言えない感覚があるのも確かだった。
物事に対するリアクションが変わってるというか、普通とは違った感覚を持ってるからなのかもなって。

そう思えたのは、コルツ山から帰ってきた後すぐに起きた出来事のせいだ。
修行を終えて家に帰ってくると薪の焼ける匂いがしてくる。
出来ないと勘ぐっていた風呂の準備がまさか出来ていたのに驚いてたら直後、林の奥から短い大きな声が聞こえた。

「ユカ……??」

どうしたのかと思っていたら、林から一生懸命走ってくる彼女の姿が見えた。けど、安心したのも束の間、その後を大量のモンスターの群れが追いかけてくる。
何かを言わんとしてるユカだけど言葉が出ないのか、それでも表情で何となくは理解出来た。

日々鍛錬した修行の成果をバルガスと共に発揮し、目の前のモンスター共を軽々と撃退して、息をつきながら振り返りユカを見れば、枝を抱えたままボケーっと気の抜けた顔をしていたのが少し可笑しくて。
しかも林で叫ぶほどの何かがあったのかと気になって聞いてみたら、その答えが予想外過ぎて堪える事が出来ずに俺は噴出すように笑った。

「くっ………っだはははッ!!もう駄目だ!無理!」

馬鹿にしてる訳じゃなく、その時のジェスチャーとか言い方に嵌った。別に威嚇するのは変じゃないけど、まるでこっそり隠れた子どもが大人を脅かす感じに近いなって思ったから。

笑い続ける俺をユカは怒る。
だけど、いつの間にか2人して笑っていたんだ。

腹が痛くなるくらい笑ったのなんていつ振りだろう。
本当に楽しい時間を笑いながら過ごしていたけど、そんな空気が変わり始めたのもこの時からだった。ユカは俺に質問をしたかったのを突然思い出したのか、いきなりこんな事を聞いてきた。

「私の鞄を知りませんか!?」

彼女を助けたとき、近くに鞄は無かったのは覚えてる。だって何も持ってない事に逆に疑問をもったくらいだ。でも、あったかどうかを聞いてくるって事は、やっぱり倒れていた要因は物取りか何かだったのかもしれない。
ともあれ取られたのが荷物だけで良かったと考えていたら、ユカが俺の腕をいきなり掴むと人と連絡を取りたいと急に言い出した。

聞きなれない言葉があったけど、単語の一部分と連絡っていうのを組み合わせれば答えは容易に浮かんだ。

「伝書鳥の事だろ??」

一瞬間を置いたけど、理解したようでそれを今すぐ貸してくれと騒ぐユカ。
ここには無いと伝えたら、今度はそれがある場所を聞いてくる。
サウスフィガロの場所を教えたら、事もあろうにそこに行くと言い出し悠然と彼女は歩き出していく。

冗談か何かかと本気で思った。
日没を向かえ、陽の光が消えて暗くなってるってのに、装備もアイテムも一切持ってない丸腰でフィールドに出ようとするからだ。

今日は止めて一旦戻ろうと何度も言ってるのに、ユカは平原に向かって歩き続けるばかり。聞き分けの無さにどうしようかと思った矢先、日の落ちきった暗がりからモンスターが飛び出してきたんだ。

ユカの影になるように現れた敵に気づくのが遅れた。だけど、彼女だって一人で旅をしてるんだから敵の気配に気付くだろうと思った。
そう思っていたのに、一向に動かなかったんだ。

モンスターの一撃が届く範囲に入っているのに、構える素振りも逃げる様子もないなんておかしい。まずいと判断した時には、間に合うような状況じゃなくて、言葉で危険を知らせるのが精一杯だった。だけど、結局ユカは避けられず腕に傷を負い、驚いた様子で立ち尽くし動こうとしない。

不安を感じて咄嗟にユカを守るように自分の背で隠し、急いでモンスターを倒すと彼女の腕の傷を布で押さえ止血しながら、すぐさまフィールドを抜けた。

家の敷地に戻ってきて、言葉を掛けたけどユカは一言も喋らず茫然としていた。傷を治すために取り出したポーション。だけど彼女は受け取らずに俺の方を見るばかり。その表情から感じたのは戸惑いだった。

「飲めば治るから」

短くそう伝えるとユカは蓋を取りポーションを飲んだ。
咽てはいたものの、これで腕の傷も治るから心配ない。少し間を置いてから優しく血を拭うように布を取ろうとしたら、ユカはその様子に目を背けていた。

大丈夫だと教えればゆっくりと自分の腕に触れる彼女。
まるで初めて知った様な、信じられず疑うように酷く驚いていた。

そんな彼女を見た時、ようやく不可思議な感覚の正体が分かったような気がした。
腕の傷から俺の方へと向けられる怯えを含んだ視線、不安そうにしながらこっちを探るような表情をするから、そうか…違うんだと確信した。

見た目、生活、感覚の違い。

そんなの人それぞれ違うのは当たり前だと思ってた。
けど、違いを違いとして濁していたけど、もう埋めようが無かった。

きっとユカも俺に対して違和感があった筈だ。
だけど今の俺と同じように、どこかでこじつけて違うことのないように合わせていたんだろうな。

モンスターから戦わず逃げてきた事。
ポーションすら知らない事。

信じられない事だとしても、考えても分からないままだとしても、ユカが俺の目の前に存在するのだけは確かだった―――。


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