EP.110
ドマ城の一室で休憩をとっていた時の事だった。

「………あのね…マッシュ」

ユカが気後れしたように、小さい声で俺に話しかけてきた。
相手の呼びかけに応じようとした瞬間、いきなり睡魔の様なものが突然襲ってきて、抗う間もなく強制的に閉じていった瞼。

意識を取り戻したものの、さっきの不可思議な感覚に俺とユカは呆然としたまま顔を見合わせていた。
今が現実なのか分からず確認するように言葉を交わそうとするけど、ガウが急にカイエンが起きないと騒ぎ始める。
様子を確かめようと慌ててベッドに駆け寄ったとき、ドアの向こうから嫌な気配が近づいてくるのに気付いた俺はユカを守るように一歩前に出た。

扉を注視しているとそこから現れたのは楽しそうにはしゃいでいる3人の子どもだった。レーヴ、ソーニョ、スエーニョと名乗り、夢の三兄弟だと喋り始める。

「この人の、心はいただいた」
「この人の、心はいただいた」
「この人の、心はいただいた」

三人が順番に同じ言葉を話した後、“今日はごちそうだ”と騒ぐと、いきなりベッドで寝ているカイエンに向かって飛び込んでいったのだ。
まるでその体に吸い込まれるようにして消えていった子ども達の様子に目を疑うが、疑ってなんていられない。
同じようにやるしかないと瞬間的に思った俺は、ユカの腕を掴みガウも交えてベッドで寝ているカイエンに向かって飛び込んでいった。


意識が薄れノイズ交じりの世界が広がり真っ黒な世界に飲み込まれた後、気がつくとそこは不可思議な迷路のような場所だった。色んな色が混ざり合う異様な場所で、立ち上がった向こう側に見えたのは倒れたユカの姿と妙な三兄弟の1人だった。

「ッ…ユカ!!!ユカ、大丈夫か!!!おい、ユカ!!」

敵の足元に倒れるその様子と、何度呼びかけても届かない声、動かない体を見たら嫌な感覚が体中を襲ってくる。飛び越える事も出来ず焦りと怒りに包まれながら、近くにあった三つの扉のうち直感的に左を選べば、運よくユカのいた場所へと辿り着いた。
武器を構える時間も省いて一気に跳躍して切りかかろうとしたら、敵はいきなり戦うこともせず退いていった。

『夢の中まで追ってくるとは。3人そろわずに戦うのは、分が悪い。ここは、いったんおさらばしよう』

一瞬で消えた相手を気にしつつも、俺は倒れた彼女を抱き上げながら懸命に声を掛け続けた。

「ユカ!!ユカッ!しっかりしろって!!」

頬に手を添えながら呼びかけていると、程なくして小さく呻きながらユカはゆっくりと瞼を開けた。

「……マッシュ…」
「無事だったか!心配したぞ」
「ごめん」
「大丈夫ならいいんだ」

ユカと一緒に立ち上がり、今度はガウの居る場所を目指して向かって行く。扉をくぐり抜けた先でもう一度敵と対峙するが相手は俺達の姿を見た瞬間、あっという間に目の前から消えていった。

訳の分からない状況と変な場所にいつまでも居る訳にはいかない。早くカイエンを見つけてさっさと抜け出そうと、足早に三人で奥へと進んでいく。
部屋の中央に作られた奇妙な扉を見つけた俺達は、何の迷いも無くその扉に手を伸ばした。すると、まるで見えない力に弾かれるようにして遠くへと押し戻されてしまった。

『我ら、夢の三兄弟』
『三人そろったからには、逃がしはしない』

いきなり襲い掛かってきた相手を迎え撃とうと戦闘態勢に入った俺は、ユカを庇いながら後ろに下がるように伝えた。だけど、彼女は逃げるどころかそのまま俺達と一緒に戦闘に加わったんだ。

ユカは皆の様子を確認しながら状況に合わせて幻獣セラフィムを召喚したり、敵の放ったデルタアタックを受けて石化したガウに金の針を使ったりと、アイテムで俺やガウのサポートに徹して戦い続けてくれた。敵の強力な魔法攻撃も装備していたリフレクトリングのお陰で受けることも無くて、心配する必要なんてないくらいユカはしっかりした動きをしていた。

無事に三兄弟を撃破した事にほっと胸を撫で下ろしていると、ユカは怪我をしていた俺の腕を見て突然手をかざすとケアルラを発動させてみせた。

目の前の出来事が信じられなくてあまりの驚きに言葉が詰まったのは、いつも同行者だった彼女に、こんな事が出来るなんて知らなかったからだ。しかも初めて戦ったとは思えないほどスムーズに戦闘をこなしていた事も含めて俺は驚いていた。

「ユカ…お前」
「いつも見てたから、皆の背中」
「…そうか」
「少しは役に立てたかな?」
「当たり前だろ。ユカが居なかったらもっと大変だった」

感謝の言葉を伝える俺に、彼女は少し照れたような笑顔を見せてくれる。
守ってやるべき相手が、いつの間にか心強さを感じる存在に変化していたことに改めて驚きを感じながら、装備や回復を整えて俺達は再スタートを切った。

開かれた扉の奥に進んでいくと、そこはセピア色が広がる魔列車の中だった。
何両にも繋がる長い列車には入り組んだ仕掛けが施されていた。3人で頭を捻りながら仕掛けを解いて先へと進んでいくと、先頭車両にある機関室まで辿り着いた。あの時と同じように部屋の壁にある右と左のレバーを押して外へと出ると、世界の景色がさっきとは全然違うものに変わっていた。

見たことのない坑道を魔導アーマーに乗って進み続けていくカイエンの姿を発見したのに、その後を何人もの兵士が追いかけていった。自分達も慌ててその後を追いかけていくのに、何故か同じ場所をグルグルと回り続けてばかりいた。

「一体どうなってんだ…」
「何か進むべき順序があるのかもしれないよ」

ユカの考えを踏まえて、元来た道を一度引きかえしてみると、たちまちそこは別の場所へと繋がった。カイエンを追いかけて進んでいきたいと思うのに、俺達が橋の真ん中まで来た途端、自分達の乗った魔導アーマーの足元が抜け落ちそのまま崖に向かって落下していった。

意識が飛ぶような感覚に襲われた後、立ち上がって辺りを見渡せば、そこは俺達がドマに来た時に休憩していた部屋だった。訳も分からず歩き出そうとしたとき、自分達の後ろに現れたのはカイエンの奥さんと子どもだった。

『お願い…私の夫を…カイエンを助けて…』

痛切な面持ちの相手に、ここが何処なのかを尋ねれば、カイエンの心の中だと答える。
そしてカイエンが自分自身を責め続けている事を俺達に教えてくれた…。

ドマを守れなかった事。
世界を救えなかった事。
そして何より家族の事。

責める心をモンスターに漬け込まれたと、母親の隣にいる子どもが話してくれる。
そのアレクソウルというモンスターの正体は1000年前の戦いで心をなくした魂の集合体であり、カイエンを捕らえた張本人だと教えてくれた。

父親を、夫を助けて欲しいと頼む切実な声に強く頷き、俺達はカイエンを探しに部屋を出ていった。


prev next

bkm
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -