EP.101
『マッシュ殿の気持ちも考えてみなされ…』

最後にカイエンさんからそんな言葉を掛けられ、自分達はバラバラに戻っていった。
手の平にある二つの魔石が寂しげに輝いて見えるのは、自分の心がそうだから。
彼に握られた手首は今も赤くて、心は益々痛みの深さを増していく。

結局上手くいかなかった。

この魔石を手に入れたのはマッシュのお陰であって自分じゃない。
いつも何かをしようとするのに失敗ばかりするのは、きっと達成するだけのモノが足りてないからなんだ。

俯く心を引き摺るようにして、飛空挺の前まで戻ってきたけれど、マッシュに会うのが怖くて入ろうとする足が竦む。だけど、この魔石をルノアに渡そうと決めていたから、彼女に会いに前へと進んでいった。
ルノアに早く会いたい一心で向かったその先で、エドガーと鉢合わせた私は彼女の居場所を直ぐに聞いた。

「ルノアならマッシュと話をしていたようだが」
「そうですか…。じゃあこれはエドガーに渡しておきます」

手に持っていた魔石を差し出すけれど、エドガーは受け取ろうとしなかった。

「自分で渡すからこそ意味がある。違うかい?」
「・・・・・でも」
「君は他人に聡くても自分には相当疎いようだね。…少し話をしようか」

場所を変えてこっちに向き直ったエドガーは、マッシュと自分の間に何かあったんだと見抜いているようだった。“どうしたのか”って相手に尋ねられた訳でも無いのに、今日あった出来事を話し始める自分がいた。

「皆に必要だって思ったんです。特にルノアは……魔石を探していたから」
「そうだね。彼女にとっては大事なものだ。幻獣界で過ごした家族だったんだから」
「だからどうしても欲しかった…。大事だって分かっていたからこそ、私は」
「ユカ、君はルノアなのかい?」
「え……?ち、違います。違う……」
「だったらそれでいいじゃないか。君は君でしかない」
「・・・それはどういう」
「皆が別々なように、人それぞれ大事なものは違う。君にとって一番大事なことは魔石を手に入れることなのかい?」
「………でも」
「でもじゃない。君は君自身と魔石を天秤にかけ魔石を選ぼうとしたんだ」

事実を問われ黙って頷けば、エドガーは私を見ながら寂しそうな顔をする。どうして自分をそんなに軽視するんだって。何で誰かに話さなかったのかと聞いてきた。

「何かをしたかったんです…。力になりたかったから…」
「誰の?」
「みんなの……」

するとエドガーは首を横に振って否定する。

「違う筈だ。皆以上に特別なものが君にはある」

諭すような口調が自分の気持ちを露呈させようとする。
特別なものがあるとすれば、それはきっと・・・・・。

「…り…たかった…。マッシュの力になりたかった!だけど…ッ駄目だった!迷惑掛けて…怒らせて…結局何にも出来なかった………」
「そうか。だからそんなに頑張ったのかい?」
「出来ることならなんでもしたいって思うのに!…いつも…上手くいかなくて…ッ」
「だったらどうすれば許してくれるのか、本人に直接聞いてみるといい」
「―――………え…?」

私の後方に向けられるエドガーの視線。
振り返れば、そこにはマッシュの姿があった---。

あの時、私がしたことを彼が怒った理由を知らなきゃいけない。分からないまま言葉だけで謝っても意味が無いから、彼のところまで歩いていって、きちんと向き合った。

「私は…マッシュの力になりたかった。出来る事を何かしたかった…でも認めてもらえなかった。私はあの時…ッ…どうすれば良かったの?」

込み上げてくる気持ちを必死に抑えて、自分の考えと思った事を率直に彼に話した。するとマッシュは切なそうな表情をしながら答えてくれる。

「もっと自分を大事にしろよ。あんなに簡単に自分を手放したら駄目だって」
「……うん」
「こうしたいって思った時、自分だけじゃ無理なら俺にもっと頼れ」
「………うん」
「お前は…俺にとって1人しかいないんだから」
「……………うん…」

こんなにも自分は彼から考えて貰えてるんだって思うと嬉しくて、マッシュのその優しさに触れる度に、今よりもっと相手を好きになってしまう。

「あんな無謀な事、勝手にしてごめんなさい…」
「分かったならいいんだ」
「仲間なのに迷惑ばっかり掛けてごめんなさい」
「・・・・・仲間…だもんな」
「謝ってばかりで、悪い事なのに…。でも、やっぱりこう思うの…」

自分を大事にしろって言われた事も、頼っていいって言われたことも全部そう。
あの言葉で返さなきゃいけないんだ。

「本当にありがとうって、いつも…いつもそう思ってる…ッ」

頬を流れていく涙に気付いて一生懸命拭うのに、それでも溢れる雫は止まってくれない。

マッシュの前で泣いてしまった自分。
いつからこんなに弱くなったんだろう。
想えば想う程に喜びも悲しみもどんどん強くなってきて、悲しいとすぐに涙が出てきてしまうようになった。

「ご、ごめん…こんなつもりじゃないのに。泣いて許して貰うとかそうじゃなくて…ッ」
「分かってる」
「泣いてないから!」
「……分かってるって」

涙を拭って証拠を消して、いつもの自分に戻ろうとするのに、マッシュは私の頭を優しく撫でてくる。

そんなことされたら、また泣いてしまう…。
甘えたくなるからやめて…。
その胸の中に身を委ね、頬を寄せてたくて仕方がなくなるから…やめてよ。

駄目だって自分を必死に律して涙を飲み込み、持っていた魔石をマッシュに差し出した。やっぱりこれは自分で手に入れたものじゃないから、返そうって思ったんだ。

「これはお前のだろ」
「違うよ。マッシュのだから」
「手を上げたのはユカ」
「買ったのはマッシュ」

言い合いが続く中で、彼はいきなり魔石の代わりに欲しいものがあると話した。それと交換する形で魔石をくれるって言うから、どんな凄いものを強請られるのか不安になる。

「料理作ってくれないか?」
「――――………え?」
「ほら、おっしょうさまの家で作ってくれたやつ」
「何で?どうしてそうなるの??だってもっと他に」
「価値は人それぞれだろ?俺にとってはそっちなんだよ」
「でも、そんなの!」
「断る権利なんてないぞ」
「・・・本当にそれでいいの?」
「いいんだって!」

一応は頷いて了承するものの、あまりに価値が違いすぎる。
私の料理に魔石を買った代金の30000ギルの価値なんて絶対にないのに。

「おーい、ユカ。今、悪い方に考えてたろ」
「・・・それは」
「そんなんで上手く作れるのか??駄目だったら作り直しだからな」
「…え??」
「当たり前だろ。だからちゃんと作れよ!楽しみにしてるんだからな、俺」
「…うん、分かった」

楽しみにしてるって言ってくれた何気ない一言が、自分の気持ちを持ち上げてくれる。頑張らなきゃって思えるのは、きっと相手が喜んでくれる笑顔が見れるからなんだ。

心を込めた料理の上にかたどった形。
そこに秘めた想いを混ぜ込んで“ありがとう”って伝えたら、貴方はそれでも喜んでくれるだろうか---。


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