わたがし、と君

※名前変換ありません。



夏祭り最後の日。


勇気を出して君を誘ったら、「私、わたがし好きなんだぁ〜。買ってくれる?」ニッコリ笑って君が言うから、俺はコクリと頷いた。



待ち合わせ場所には、色とりどりの浴衣を着た女性や、家族連れやカップルなんかでごった返していた。これだけの人の中、彼女が俺の姿を見付けられるかと、少し心配になってキョロキョロと辺りを見渡していれば、目の端に君の姿が映る。

水色の朝顔の柄が入った浴衣を着た君は、髪を一つに纏めて、左耳の下に結っていた。

そうして俺の姿を見付けると、君が手を振ってカランコロンと音を立てながら、小走りで目の前にやってきた。

(…似合うなぁ…浴衣姿…)

勇気を出して誘えた自分を、偉いぞっと誉めてやりたいくらいだ。


「椿くん!ごめんね…遅くなっちゃって…」


眉尻を下げて、へにゃりと笑う君がとても可愛らしい。

それでいて、結った髪のうなじの後れ毛が妙に色っぽく見えて、俺の思考がくらりと揺れる。


「…だ、大丈夫!待ち合わせ時間ピッタリだよ」


自分の顔が熱くて、きっと俺、真っ赤なんだろうなっ恥ずかしいなって思って、少し目線を逸らして「行こうか?」って言うのが精一杯だった。


2人でいろんな出店が立ち並ぶ道を歩きながら、君の大学での話や俺のチームの人達の話なんかで盛り上がる。


「椿くんのいるETUは、面白い人達ばっかりだね」

「…そっそうかな?ハハッ…」


俺の左隣を歩く君は、時折目を伏せて、クスクス笑って口元に手を添える。その綺麗な、柔らかそうな指先を見詰めながら手、繋ぎたいな…なんて思うけど、どんなきっかけで、タイミングでその手を掴んだらいいものか…中々行動に移せない自分自身が情けない。


「あっ…」


不意に君がカランコロンと音を立てて、ある出店の前まで駆け寄って立ち止まると、チラリと俺の方に視線を向けてふわりと笑った。


「椿くん。わたがし買って…?」


俺に向かって、わたがしのピンク色の袋を指差している君はとても嬉しそうで、俺の心臓がきゅっとして、なにがが溢れてきそうで、切なくなった。

この想いを君にどうやって、どんな言葉で伝えたらいいんだろう。


君が俺に向けてくれる言葉も、笑顔も特別なものではないのかもしれないけど…それでも君が笑ってくれるなら、それだけで幸せなんだ。



「はい。これでいいの?」

「うん。ありがとう!」


わたがしを受けとった君は、満面の笑顔で袋を開けはじめた。
わりばしを掴んで、ふわふわしたわたがしに唇を寄せて、口の中に頬張る。すぐに溶けてゆくわたがしを本当に嬉しそうに、何度も口で溶かしていく君をじっと見詰めていたら、その俺の視線に気が付いた君がずいっと俺の目の前にわたがしを向けた。


「…ん…?どうしたの?」


俺が首を傾げて聞けば、君がニッコリ笑って―。


「椿くんも、食べる?」


その言葉にドクンっと心臓が跳ねる。

俺が固まっていると、一瞬考え込んだ君が「あっ…」っと声を上げて困ったように「…ごめんね…」なんてか細い声で俯いてしまった。



君はズルイなぁ…その言動一つ取っても俺の心を掻きむしって、捕らえて。どうにも出来ない程切なくさせられるのに…


「…少し、貰ってもいいかな…?」

「…えっ…」


そっと、君の柔らかそうな手を掴んで、君が大好きなわたがしをパクリと口に入れれば、びっくりした君が真っ赤になってうろたえていて。


それでも、やっぱり嬉しそうに笑うから俺も嬉しくて。

2人で「楽しいね」って笑えば、バーンっと最初の花火が上がった。













※BACK NUMBER わたがし より参考にさせて頂きました。





[ prev / next ]
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -