「お兄ちゃんって、豪炎寺先輩と付き合ってるんだよね?」
疑いを含んだ眼差しで春奈は鬼道に問いかけた。鬼道は一瞬目を丸くした後、何を今更、と言う。
「そうだ。前にも同じ質問をしてきただろう、春奈」
確かに以前春奈は鬼道に同じ質問をした事がある。
尤も、今回のそれとはニュアンスの違うものだったが。
「そうだけど、なんだか二人ともあんまり付き合ってるって感じじゃないから」
春奈の言葉に一瞬鬼道は意味が分からないという顔をしたが、すぐに合点がいったようで可笑しそうに笑った。
「俺達がそこらのカップルのようになると思ったのか?」



春奈が二人が付き合っていると気付いたのは偶然だった。
たまたま、鬼道と豪炎寺が手を繋いで歩くのを見かけたのだ。
休日で部活もなかったから部活や学校帰りの筈はない。何より、二人は私服だった。
友人同士で手を繋ぐ事もあるだろうけれど、春奈には二人が手を繋ぐ意味がそういう事ではないとすぐに気付いた。
彼女には二人が友人だからといって不必要に手を繋ぐ人間だとは思えなかったのだ。
そして後日兄に問うと、少し照れながらも彼はあっさりと認めたのだ。
素直に認めたのは自分が妹だからだと春奈は自負している。
けれどあれから二人は恋人らしい事はしないし、互いに対する態度は変わらない、もしくは少し素っ気無くなっているようにすら感じられた。
けれど鬼道からしてみたら特に変わった事やおかしい事はないと思っている。
だから妹があんな質問をしてくるのが少し可笑しかった。


それから数日後、豪炎寺が練習中に怪我をした。
足を捻ったらしい。
秋に手当てを受ける豪炎寺の周りには一時心配した仲間達が集まっていたが、大した事ではないとわかるとそれぞれ練習に戻っていった。
「あんまり無理すんなよ!」
最後に円堂がそう声をかけてグラウンドに戻っていく。その背を見送っていると、手当てをしていた秋が顔を上げた。
「はい、終わり。大した事はないけど、今日は必殺技の練習は控えてね」
「あぁ、ありがとう」
救急箱を抱えた秋がその場を離れ、豪炎寺もベンチから立ち上がろうとする。しかし、ふっと自分に陰がかかるのを見てベンチに座ったまま顔を上げた。
「鬼道、どうした?」
暮れはじめた太陽を背にして、鬼道が豪炎寺を見下ろしている。
ゴーグルの中の瞳は陰ってしまって見えないが心配して様子を見に来たという訳ではないようだ。
「足はどうだ?」
「動かすと少し痛いが練習に支障はない」
「木野にその事は言ったのか?」
「いや、でも大丈夫だ」
仮にも医者の息子だ。中学生とは言え、簡単な傷の手当や程度の判断は父から教わってきたので自信はある。
しかし鬼道は、ふんとひとつ、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「お前、今日は帰れ」
「は?」
「帰って病院に行けと言ったんだ!」
イラついているのか、鬼道は珍しく声を荒げた。思いのほかグラウンドに響いた声に、他のメンバーが何事かとこちらを伺っている。
けれども鬼道は気付かないのか、構っていないのか、そのまま言葉を続けた。
「練習を続けて、悪化でもしたらどうする。軽い怪我なら尚更、早めに休んでさっさと治せ」
「この程度なら大丈夫だ。怪我の程度くらい自分で見分けられる」
豪炎寺も少し語気を強めて言い返す。その言葉に鬼道はいよいよ不機嫌を顕わにして言った。
「所詮は素人判断だろう。親が医者だろうが、お前は違う。その判断を誤ればお前だけじゃなくてチームの皆にも迷惑がかかるんだぞ」
お前はエースストライカーなんだ、自覚を持て。そう言い捨てると鬼道は豪炎寺に背を向けてグラウンドに戻っていった。
豪炎寺は反論の声も上げず鬼道の背中を見つめていたが、大人しく鬼道の指示に従うべく円堂の元へ向かう。
「・・・やっぱり今日は先に帰って、病院に行って来る」
「おう。でも吃驚したな、鬼道があんな風に言うなんて」
円堂も病院へ行く事に異論はないのかあっさりと頷いたが、鬼道の態度を不思議がっている。
「ちょっと恐かったでヤンス」
何もあんな言い方しなくても、という顔で栗松が呟いた。
横にいた壁山もその言葉に頷くが、豪炎寺は悪い気はしないでいた。
「兎に角、今日は先に上がらせて貰うな」
そう言って荷物を取りに部室に向かって歩き出す。
円堂達は未だ不思議がっていたが、豪炎寺は鬼道の態度について説明するつもりはなかった。自分だけの特権のような気持ちをぎゅっと心の中で抱いていた。

病院からの帰り道はすっかり暗くなっていた。
医者の診断結果は豪炎寺の予想した通りで大した事はないそうだ。ただ、土日はゆっくり休むように言われたけれど。
「早く済んだら部活を覗いていくつもりだったけど・・・もう終わってから随分経つし誰もいないだろうな」
そう呟いて、家路を歩く。捻った右足首は湿布のお陰で痛みはあまりない。
暗い道を照らす電灯がぽつぽつと道を照らす中、前方に見知った陰を見つけた。
「鬼道?」
豪炎寺は思わず駆けだそうとして、思いとどまる。
その代わり歩みを速めて陰に近づいた。
「鬼道!」
「・・・豪炎寺か」
どうしたんだ、なんて、聞く必要はなかった。鬼道がここにいる理由はひとつしかないと、わかっていたから。
「待っててくれたのか」
病院まで来ない辺り、素直ではないと思ったが、そんな所が可愛らしくて豪炎寺は思わず笑う。
「・・・自惚れるな」
「でも心配してくれてただろ」
そう、最初から鬼道は誰よりも豪炎寺を心配していたのだ。だからこそあんなにムキになった。
鬼道があんな風になるのは自分に対してだけだという自覚は自惚れではない筈だ。
「・・・・・・当たり前だ」
間を置いて、恥ずかしそうに鬼道は認めた。
暗闇の中でも綺麗な赤い目を真っ直ぐに見つめた後、豪炎寺はもう一度笑った。
「やっぱりお前はゴーグルがない方がいい」
「それはゴーグルは変だと言いたいのか?」
ゴーグルに覆われていない鬼道の裸眼が、きっと豪炎寺を睨む。
「そうは言ってないだろ」
素直じゃなくて、厳しくて、たまに我儘で、付き合い始めてからきっとこれが鬼道の本質なのだろうと知った。
自分を押さえつけながら育ってきた鬼道の、信頼と甘えだと思うと豪炎寺はたまらなく嬉しくなる。
二人きりになるとゴーグルを外すのもそのひとつだった。
「帰ろう」
「あぁ」
誰もいない日の暮れきった道を、二人は手を繋いで歩く。
言葉も態度もそこらのカップルのように甘いものではないけれど、これが二人には心地よかった。


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豪鬼フェスタ☆に提出させていただいた作品です。
さまーさん、藤葡萄さん、企画お疲れ様でした!
こんな素敵な企画に参加させて下さり本当にありがとうございます///
お題から外れた感が拭えませんが、楽しく書かせて頂きました。
もうちょっと豪炎寺さんもとげとげしくしたかったんですが、鬼道さん横に置いたらでれでれになっちゃったよこの人w
他の方々の作品も楽しみにしつつ、これからも見守らせて頂きます。
\もっと広がれ豪鬼の輪!/








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