※時期は、選考試合前です。




 窓から見える景色はとても綺麗だった。遠くに見える山は青々としている。朝早いため、人も少ない。バスは揺れながら俺と豪炎寺を、選考試合の練習場まで運んでいく。俺はふと、昨日の事を思い出した。


 あなたって人は、これだから。


昨日はいろいろあった。いつもなら失敗しないパス、シュート。ましてや、後輩にボールをカットされてしまう。その原因が、チームのメンバー。選考試合で不動と同じチームというだけで、まともに練習も出来ない。正直、今の俺の力は大した戦力にはならない。いや、足を引っ張ってしまうだろう。
不動が代表になる可能性だってある。いや、不動は強い。認めたくないが。代表に選ばれたい。けど、皆の足は引っ張りたくない。なら、この選考試合には出ない方が良い。キャプテンは豪炎寺に代わってもらおう。
俺は隣にいる豪炎寺を見る。豪炎寺は窓の外を見ていた。俺は覚悟を決める。

「豪炎寺、話が」
「降りよう」
「え?」

豪炎寺は突然立ち上がり、俺の手を引っ張る。豪炎寺がお金を俺の分まで入れてくれた。バスは俺たちを下ろして向かうべき場所に向かう。
そこで改めて辺りを見回す。が、見覚えがない。俺はバス停の名前を確認する。降りるべき場所と名前が違う。全く違う。一文字も合ってない。俺は豪炎寺に聞いてみた。

「降りる場所が違うみたいだが」

豪炎寺は携帯を弄っている。俺は無視されたと思い、「豪炎寺!」と大声で呼んだ。大声だすほど俺と豪炎寺は離れていない。その上車一つ通らないこの道はとても静かで、白けてしまった。ああ、はずかしい。俺は心の中で愚痴を溢す。すると豪炎寺は漸く携帯から顔を離す。

「豪炎寺、ここは」
「あっちだ」

豪炎寺は俺の言葉を遮った。そしてまた俺の手を引っ張る。痛くはないが、歩きづらい。しかし豪炎寺はお構い無しに進む。
 すると、足下に小さな石があった。避けられるはずもなく、予想通りに躓いた。顔面から転けると思ったが、温かいものにぶつかった。もちろんそれは豪炎寺の背中。

「っ…すまない…」

俺は声に出してから気づいた。こいつが無理矢理引っ張るから悪いのだ。元はといえば豪炎寺のせいだ。豪炎寺は振り返る。

「ああ、俺こそ悪い」

やっと分かったか。この大馬鹿。アホ。間抜け。トンチンカン。
思いつく限りの悪態を頭の中で繰り返す。もちろん声にはしない。

「もう少しゆっくり歩こう」

そう言った豪炎寺の歩くペースはゆっくりになった。しかし、手は未だ繋がれたまま。あまり変わらないではないか。一体何がしたいんだ。
その疑問は声になっていて、豪炎寺が俺を見る。豪炎寺は俺に静かな声で言った。

「ついてこれば、わかる」

こんな言葉を信じていいのだろうか。俺は何だかんだ言っても、最終的には豪炎寺に従う。それがなぜなのか、まだわからない。けど、豪炎寺が握っている俺の右手は、確かにその温もりを感じていて、俺を安心させてくれた。
しばらく歩くと、小さなアイスクリーム屋があった。豪炎寺はアイスキャンディを一本買った。俺はその光景を眺めながら、また不動の事を、影山の事を思い出した。ああ、また。

「ほら」
「っ!」

俺は唇に感じる冷たさにびっくりした。その正体は豪炎寺が買ったアイスキャンディだった。

「食べないのか?」
「美味しいから、鬼道も食べるといい」

豪炎寺はまた俺の手を引きながら、駄菓子屋や番傘、紙風船などの売ってある商店街を歩く。俺はアイスキャンディを舐めながらついていく。豪炎寺は俺の歩調に合わせてくれている。意外に紳士だなと思った。
見たことないものがたくさんあった。番傘なんて、今じゃもう見る機会がないので、とても新鮮だった。駄菓子屋は円堂に一度案内された。小さなお菓子や、カラフルな飲み物がある。値段もとても安い。豪炎寺はよく分からないシールのようなものを買った。

「見ていろ」

 豪炎寺は一言言うと、それを開けて指で擦る。俺は黙って言われたとおり、豪炎寺の指を見つめる。

「あっ!」

しばらく擦っていると、豪炎寺の手にあるシールから煙が出てきた。いったいどういう仕掛けになっているのだろうか。

「あ、あのお兄ちゃんたち遊んでるー」
「子どもの遊びやってるー」
「へーんなのー」

小学生ぐらいの子どもが、俺たちを見ながら走っていく。俺と豪炎寺は顔を見合わせ笑い合った。
それから特に行き先もなく、ただ夕焼けに染まった道を歩く。すると、公園があった。ブランコと滑り台しかない、小さな公園だった。
 豪炎寺は公園の中に入ると、ブランコに座った。俺もその隣に座る。ただ足下を見つめる。

「何か、あったのか」

豪炎寺が問いかける。顔を上げて豪炎寺を見る。豪炎寺の目に写る俺は、情けないほどに驚いていた。

「別に…」
「不動のことか」
「っ!」

図星をつかれて目を逸らす。

「お前は、お前でいい」

豪炎寺の言葉の意味がよく分からず、首を傾げる。豪炎寺は微笑み、俺に聞く。

「サッカー、好きか?」
「好きだ…」
「俺たちは好きか?」
「好き…というよりは、大切という方が正しいかもしれない…。で、どういう意味だ?」

俺は豪炎寺に聞く。豪炎寺はブランコから降りて、俺の前に立った。俺はただ、豪炎寺を見つめる。

「お前が不動の事で悩むのは分かる。今回の選考試合のチーム、俺だってお前と不動を同じチームにした理由は分からない」
「……」
「だが、お前がその事で試合中失敗したら、その時は」

俺はいつの間にか俯いていた頭を上げる。

「その時は、俺がフォローしてやるから」

「知ってるから。お前が、不器用なこと。大丈夫だから…」

豪炎寺は俺の左の目尻を、右の人差し指でそっと拭った。その指は太陽の光に反射してキラキラと光っていた。それは紛れもない俺の涙だった。
豪炎寺はハンカチを取り出す。俺はそれを受け取り、溢れてくる涙を拭う。けれど止まらなくて。すると豪炎寺は、俺の手からハンカチを取り、俺の目元を何度も拭う。とても、優しく。俺の涙が止まるまで、そうしてくれた。

ずっと。

ずっと。







(お前ってやつは、これだから…ほっとけないんだ)











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