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映る視界が真っ白で、ああワイは死んだんやな、と思うた。
きっとこれは天国なのだろう、でなければこないに真っ白なわけがない。
堕ちる先はどす黒い闇の中だとばかり思っとったが、案外、神サマいうやつは慈悲深いらしい。

…いや、違う。

次第に覚醒する意識の中で、今、自分がどのような状況にあるのかがはっきりしてきた。
自分が真っ白だと感じたのは今いる部屋の天井で、その部屋の中で自分はベッドに寝かしつけられている。手首には点滴が打たれ、脈かなにかを測るためのバンドも巻かれている。そこから機械へ伸びる無数のコードはまるで自分を逃がさんとするための枷にも思えた。

「なんや、コレ…死んどらんなァ…ワイ…」

身体を起こそうとしたがうまく力が入らない。無理に動かそうとしたが全身に痛みが走った。あまりに生々しいその痛みが、まだ己が生きていることを叫んでいる。

誰もいない、病室のと思われるベッドで横たわりながら最後の記憶を手繰り寄せる。
確かに、ワイは、あの時に死んだ。

死んだのに。今、生きている。

動けない身体では、考える頭だけが余計に動いてしまう。
死にゆく頭ではろくに記憶もできていなかったが、ろくに見えてもなかったが、ろくに聞こえてもなかったが、それでも苦しかったことは鮮明に思い出せる。なにがあんなにも苦しかったのか。まともな人生を送れなかったことか、あいつらの想いを無駄にしたことか、アイツに―

アイツと―

「…ったく、いっそ殺せや…あほう」

「医者の前でそんなことを言いますか」

己のではない声に視線を向ければ、そこには白衣を着た子供がいた。

「なんや嬢ちゃん、お医者さんごっこか?」

ふ、と彼女は笑うと部屋の出入り口からベッドのほうへと歩いてくる。

「生憎、ごっこじゃなくて医者なのよ」

「へえ、すごいやっちゃな」

見舞客用のものであろう椅子に腰かけると、少女はぽつりと呟いた。

「貴方、長生きはできないわ」

「…唐突やな」

そう言ったきり彼女は押し黙った。
シン、と静まりかえった室内が先ほどの発言の重さを物語っている。

「まあ、知っとったけども」

己の体が、すでに限界を超えていたことは知っている。
知っていて、それでも負けられなかった。足を止めるわけにはいかんかった。
薬に手を出した代償のことも、まあそうなるな、と。

「…そう。わかってるなら説明が早いわ」

そんな己の体の事を医者の嬢ちゃんはひとつひとつ説明し、それに施した処置も説明してくれた。

「それはまあありがたいんやけどな、まったく理解できへんのやけど」


なんや、体液抜くって。薬の成分全部解析するって。そんな簡単にやれるもんちゃうやろアレは。でもって細胞をひとつ残らず洗浄するって。しみついた薬を洗い流すって。
あほちゃうんか。
もしや施された処置でワイ何度か死んでへん?
死んで蘇らせたんちゃうのかこの幼いお医者様は。

どう考えても人体が耐えうる限度を超えた治療を施されているように思う。
いや生前からそんなんばっかやったけれども。

「まあそうよね、私だって3年前は嘘だって思ったもの」

「なんや3年前って」

少女は3年前に起きた『紐育の大崩落』とやらについて語り始めた。
街が霧に包まれ、その中で世界の組み換えが行われた。別の世界とこの世界とが交わってしまったというべきだろうか、摩訶不思議な有象無象が溢れかえり、その大混乱の中で紐育はヘルサレムズ・ロットとして生まれ変わった。たった一夜での出来事である。

その後、人知の及ばぬ異世界からの脅威と恩恵を受けながらこの病院は日々奮闘しているらしい。

「…なんか…よお…わからん…」

「でしょうね」

とにかく今は身体を休めることね。

そう言い残した彼女が去った室内に、再び静寂が戻っていった。





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