夏休みが終わって、冬休みも終わって、もうすぐ2年生でいるのも終わり。
まだ夕方と呼べる時間だというのにすでに日が落ちて薄暗くなっている空は俺たちの気分を憂鬱にさせる。
こんな中途半端な空は嫌いだ。どうせなら早く夜になってほしい。

真っ暗な空の中を歩きたいんだ。

あのときみたいに、昨日みたいに、みんなで秘密の相談をして笑い合って、そして俺たちの秘密の場所に向かうんだ。
同級生たちが汗を流して部活をやっている時間に、もう家に帰っている時間に、仲間同士で集まる俺たちは特別。
誰よりも固い絆で結ばれている俺たちは、誰よりも長く多くの時間を共有する。

それはたまらなく誇らしくて、たまらなく楽しいことなんだ。

万引きにカツアゲに喧嘩。
別にそこまでして欲しいものがあるわけでもないし、怪我をさせたいほど相手を憎んでいるわけでもない。
ただ、楽しいから。理由はないけど楽しいからやっているだけ。
少しだけ、大人という存在に反抗してみたいだけ。
少しだけ、大きな世界に逆らってみたいだけ。

ほんの少し、特別になってみたいだけ。

制服のズボンをギリギリまで降ろして、学ランのボタンはどこまで開けたらイイ感じになるか鏡の前で研究して、
中にはお気に入りのTシャツ(もちろん、できるだけ目立つ色の!)を着込む。
それだけで俺は特別な人間になった気分になれるし、実際に周りが俺を見る目も変わる。

今日も俺は、なけなしの小遣いで購入したタバコを得意気にズボンのポケットから取り出す。
兄ちゃんの部屋から拝借した知らないタバコのロゴが入ったライターをポケットのさらに奥から探し出し、
本当はたいして美味しいとも感じていないそれを口にくわえて火を点けた。

「この天気うぜー」

ふうー、とわざとらしく煙を吐き出してから俺は言った。
中途半端に薄暗い空の下、5人で公園の喫煙所(屋根付きでベンチも完備なんだ。中高生に溜まれって言ってるようなもんだよな、コレ)に身を落ち着かせる。
今日はまだ1月だというのにも関わらず妙に気温が高い。
いつもなら学校が終わった途端分厚い上着でも着込んでさっさと誰かの家にでも避難する時期であるのだが、今日という日は突然訪れた異常気象に建物にこもる気分にはなれず、俺たちはなんとなく帰路の途中にある公園に立ち寄ったのだ。

「うぜーって何だよ。意味わかんね」

大して面白くもなさそうに笑いながら竜平がベンチに横になった。
誰が土足でのぼったかわかんないこんな場所でよくそんなことができるもんだと内心思ったけど、言ったら馬鹿にされそうなので口に出すのはやめておいた。
真ん中にあるごみ箱兼灰皿を囲むようにコの字型に配置されたベンチの端に腰を下ろすと、正面にはいつもの無表情で腕組みをするボス、その隣にはいつものように無駄に怖い顔で充がどこか一点を見つめていた。

「でも確かにこういう中途半端なお天気って気分がブルーになっちゃうわよねー」

足を組んだ姿勢で気持ちよさそうに煙を吐き出しながら、俺から見て右側のベンチに座るヅキが口を開いた。(ヅキのすぐ右手には仰向けに寝転がる竜平の足がある。ヅキがこっそり竜平の靴に灰を落としているのを俺は見逃さなかった)

「ブルー」

ボスがヅキの言葉に反応してぼそっと呟いた。
常に一定のトーンで喋る人だから他の人から見たらただ言葉を反芻しているようにしか思えないかもしれないけど、ボスが他人の言葉を繰り返して言うのは決まってそれに対して興味や疑問を持った時だというのは俺たちの間ではすでに暗黙の了解と化している。

「ふふっ、桐山くんはブルーな気分になるときってあるのかしら」

言葉とは裏腹に楽しそうな様子でヅキが足を組みかえた。
ブルーな気分。
そんな女みたいな言葉、俺は今まで使うことも使おうと思ったこともないけど、聞いてみると確かに今の気分にぴったり当てはまる言葉かもしれないと思った。

「ブルー、は青のことだな」

ボスには伝わるかなあ。この微妙な……ニュアンスっていうの?
なんとも言えない気持ちなんだ。
なんだかわからないけど、なんとなくイライラするような寂しいような、なにか足りないような。

「青という色にはどんな意味があるんだ」
「桐山くんらしい質問の仕方ね」

もはやボスのこの疑問にまともに答える気のある人間はここには存在しないだろう。
あまりにも純粋で、だけどあまりにも抽象的な質問だ。
しかも相手は感情表現の乏しい(というか、ほぼ無い)あの桐山和雄だ。
はっきり言ってボスに対してまともに、理論的に説明できるだけの技量を持ち合わせている人間なんかここにはいない。

「青い、春だ」

それまでひだすら眉間に皺を寄せて一点を見つめていた充が突然口を開いた。
青い春。即ち青春。
充らしい発想だなと思って、少しおかしくて笑いそうになった。(怒られそうだから口がにやけそうになるのはなんとか抑えたけど)
少しだけ楽しくなってきたので、タバコを持ったままの右手で頬杖をついてゆっくりとみんなの顔を見まわした。

「うっひゃ!でた〜」

あーあ。言っちゃった。
充の言葉に瞬時に反応して起き上がる竜平。もちろん余計な一言つきで。
竜平のこういう後先考えないとこ、馬鹿だなあと思う反面少し憧れる。

「何がだよコラ」
「相変わらず硬派ねえ〜充くんは!」

完全にヅキの影響を受けた口調で竜平が怖いもの知らずの切り返し。
軽口を叩く竜平を充は鋭い目つきで睨みつけた。

「何がおかしいんだって聞いてんだよ」

青い春、だなんてそんな、口に出すのも恥ずかしい言葉を臆することもなく。
何がおかしいんだ、なんて大真面目に質問できる充はある意味ボスに負けないくらい純粋だなあと思う。

「だってさあ〜。なあ、博?」

猫背になって両ひじを膝にのせた姿勢で、ニヤニヤしながら竜平が俺に話を振る。
少し焦りながらも、こんなくだらないやりとりがたまらなく楽しく思える。

「あー、なんか、わかるよ。青い春」

自然にこんな言葉が出てきた。
自分でもびっくりして思わず口を軽くおさえた。
恐る恐る4人の顔を見渡すと、相変わらずの仏頂面のボスに満足気な様子の充、それに納得いかない様子の竜平の顔が並んでいた。

「博ちゃんってばたまに変なこと言うんだから〜」

故意に無視した最後の一人は案の定俺をいじりにかかる。
うわ、なんか恥ずかしい。こういうの、苦手だ。

「いや、だからなんとなく思っただけ、だけど」

青い春。
そんな言葉がなぜいきなり俺の心に響いたのかはよくわからないけど。
なんとなく、ブルーな気分のブルーは青春っていう気分に意外と似合うと思ったんだ。
理由はわからないけど、イライラするような、寂しいような、なにか足りないような。
そんな感覚が、青春って言葉にまとめて表れているのかもって思ったんだ。

「あんだよー。博も青春大好きグループの仲間入りですかー」
「や、そんなんじゃ」
「いーじゃなーい。あたしたち中学生よ!まさに青春と思春期の真っただ中じゃなーい」

青春なんてそんな勝手な言葉くそくらえって感じだったけど、実は今この瞬間がまさに青春なのかもしれないって気づいて、少しだけ照れくさくなった。

「ヅキが言うとほんとに説得力ねーのな」
「本当に口が減らないのねあんたは」

こうやってすぐに仲良く言い合いを始める竜平とヅキとか、普段怖がられてる割に実は些細なことでしたり顔になっちゃう充とか、未だに首をかしげているボスとか。
みーんな、俺だけが知っている素顔だ。
こうやって4人のこと眺めていられるのは世界中探しても俺一人だけ。
今ここにいること、今ここでこんなに楽しい気分でいられること。まさにそれが俺一人だけに与えられた特権。

「あ、夜だ」

公園に設置された街灯がカチカチと光を放ったところで俺は初めて待ちわびた夜の到来に気づいた。
4人全員が自分のことに夢中で俺の言葉なんて聞こえてなかったみたいだけど、それでも俺は満足だった。

二本目のタバコに向かって真っ直ぐに放たれたライターの火が暗闇の中で美しく浮かび上がる。
俺は今日またひとつ、自分だけの特別な風景を見つけた。






END.
(20071015)

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