食べることに興味がない、と彼は言った。 テーブルの向こう側の彼の食事姿を注意して観察するとなるほどその通りで、ヒロトさんはそれはそれは何の感動もなさそうに黙々と物を食べる。 食物を咀嚼するヒロトさんの口元。機械的に動く、感情のない口元。ただ生存するためのエネルギーを得るために働く口元。淡々と物を飲み込んで行く口元を無茶苦茶エロく感じる。なんでだろう。 ふと口元を離れて顔全体に注意を向ける。改めて、綺麗な見た目してんなー。と思う。整ってるっていうのかな。正直言って好きかと言われたらそうでもない。女子が好きそうだなーって思う感じ。俺がかっこいいと思うのは風丸さんとか染岡さんだし。見た目っつか、中身も含めての話ね。 「手が止まってるよ。どうしたの、そんなに俺ばっかり見て」 「ヒロトさんかっこいいなーって思ってたでやんすよ」 「嘘つき」 「うん、嘘。」 ヒロトさんが自分の唇についたソースをぺろりと舐め取った。ああ、エロい。食べてるのってエロい。なんでだろう?やっぱり理由はわからない。 「ヒロトさんは食事に興味がないって言ってたけど、俺はヒロトさんが食べてるところ、なんか見ちゃう」 「へえ」 ヒロトさんは目を細めて笑いながら、ガラスのコップに入った水を音を立てて飲み干した。ヒロトさんは飲み物はほとんど水しか飲まない。お茶とかジュースとか、味がつけられたものが好きじゃないらしい。反対に俺は余計な添加物がたくさんぶち込まれた甘い甘いジュースが大好きだ。ごく、ごく。わざとらしい音を立てながら心臓みたいに動くヒロトさんの喉。やっぱりすごく。 「俺、前はそう言ったかもしれないけど、最近は食事に興味を持つようになったよ。特に家で食べる夕食が楽しみなんだ」 「え、まじで。なんで」 「栗松くんが食べてるところ、ずっと見ていられるから」 ごくり。今度は俺の喉が鳴る。ヒロトさんも見てた、俺のこと。それって。 「食べるのは生物の本能ってことだよ」 「なんでそうヒロトさんって勝手に話ぶっ飛ばすかな」 「ぶっ飛ばしてないよ。なんで食べてるとこ見ちゃうかって話でしょ」 あーもう、この人の変に回りくどくぼかすところ、ほんと嫌いだ。 「わかったからもう言わなくていいでやんす」 「えー、どっちだよ」 あーもうやだ。もうヒロトさんの前でご飯食べたくない。だけど食べないと死ぬ。それがこの人の言うところの本能ってやつなのだろう。人間って本当に厄介だ。 冷蔵庫を開けて、ヒロトさんに背をむけたままペットボトルのサイダーを一口飲むと、蓋を閉める前に後ろから取り上げられた。ヒロトさんは炭酸が抜けた甘ったるいだけの液体に口をつけた。 「うえ、甘っ」 ほんの一瞬だけど、眉間に皺を寄せたその表情。なんでかわかんないけど、好き、って思った。 ---------------- このふたりは新婚?同棲したて? 昔大食いドラマに対する批評で、人前で物を食べるという行為は人前で性行為をしているようなものだってコメントしている人がいました |