付き合う、というのはつまり2人きりの時間を重ねる約束をすることだと解釈している。何もいやらしいことばっかりじゃなくて、一緒に帰ったりだとか、休日を一緒に過ごしたりだとか、そういう時間を特別なものとして積み重ねていきたいと思う。 俺は今、栗松と付き合っている。多分。 というのも最近、あっちに俺と付き合っている認識があるのかどうか不安になってきたのだ。 そもそものきっかけは栗松が俺のことを好きすぎたからなのに。あまりにもわかりやすい態度だからそのうちこっちが気になってしまって、なぜだか俺の方から好きだと言ってしまったという奇妙な顛末だ。 「付き合おう」という言葉を使った確認はしていない。だけど、付き合っている、のだと俺は思っている。 それなのに、栗松は俺と2人きりになりたがらない。 部活帰りは一年生同士でさっさと固まってしまうし、休日は何かと理由をつけて会いたがらない。 「栗松は俺と一緒にいるのが嫌なのか」 「へ?」 思い切って栗松を部室の裏に引っ張り込むと、栗松はみるみる顔を赤くして俺から目を逸らした。ほらみろ、好きなんだろ。だったらなんで俺にこんな恥ずかしいこと言わせるんだよ。 「その、もっと2人で過ごしたっていいだろ。俺たち一応、アレ、なんだし」 「アレ?」 「あー、もう!だから俺たち、付き合ってんだからさ!」 言った途端に栗松は綺麗にくるりと半回転して俺に背中を向けた。逃げ出そうとした後姿を素早く捕まえる。俺のこと好きっていうなら、速さでは勝てないことくらいちゃんとわかっとけっての。 「あ、あわ、待って、風丸さん、待って」 何をそんなに驚いたのか、栗松は相変わらず顔を真っ赤にしたまままともに言葉も話さない。 「待つよ。なんだよ」 「俺、まだ、そんな、付き合うとか、無理!」 「えっ?!」 なにこれ、ほんとに俺が付き合ってるって思い込んでただけ? 後ろから思い切り殴られたみたいに世界が真っ白になる。悲しい?悔しい?恥ずかしい?多分、全部。 さすがにショックが顔に出てしまったのだろうか、栗松は栗松で血相を変えてますます動揺している。落ち着け落ち着け。栗松は俺のこと好きじゃないなんて言ってない。 「だって風丸さんは世界一かっこよくて、俺の憧れの人なんでやんす!いきなり付き合うなんて、そんなの、はうああああああ」 意味のわからない声をあげたと思ったら、やっぱり栗松は俺に背中を向けて走り出した。だから、どうせ捕まるんだから最初から逃げんなっつの。戒めの意味を込めて今度は後ろからすっぽりと身体を拘束する。小さい身体を全部自分のものにしたみたいで、少しだけ気分がいい。 「付き合うのも、俺といるのも、嫌なわけじゃないんだな」 「はい、でやんす」 身体の力が一気に抜ける。思わず栗松の背中にもたれながらへたり込んだ。 不安になって、焦って、早とちりして、確かめて、安心して。なんかこれじゃあ俺の方が好きみたいじゃないか。違う、そうじゃないのに。元はといえば栗松があんな目で俺を見てくるから、それで、それで! 「ごめんなさい、風丸さん。俺、風丸さんのこと大好きなんでやんす。好きすぎて緊張しちゃうから2人きりになる勇気がなくて、ちょっとだけ風丸さんのこと避けちゃったんでやんす」 そんな風にしょげかえって、悲しい顔で、口を尖らせて、俺の方に向き直りながらやっぱり俺から目を逸らす。 ……こんなの気にするなって方が無理だろ!もう! 「話はわかったけど、俺のことを避けるなんて許せないな。罰として今日の帰りは俺が栗松の家まで付いていく」 「うえ?!なんで?」 まずは目を合わせることから始めよう。そのうち自然に手を取ろう。 もっともっとお互いのことを知って、それから本当の恋人同士になればいい。 まずはこの鈍感すぎる後輩をリードしてやるのが俺の役目かな。 「2人きりに慣れるための第一歩は、まず一緒に帰ることからだ!」 「は!はいでやんすっ!」 恋人同士の雰囲気には程遠い。だけど、鼻の穴を真ん丸く膨らませながら身体を力ませる不器用な後輩を、俺は何よりも愛しく感じる。 多分この気持ちは、コイビト、として正しいものなのだろう。 苦笑いのままぐしゃぐしゃと栗松の頭を撫で回す。ごわごわと固い髪の一本一本まで全部、可愛いと思った。 |