2011/07/04 08:02



四つに畳まれたノートの切れ端を手渡されたのは、昨日の部活帰りだった。

「これ」

いつもにこやかな基山先輩にしては珍しく、ぶっきらぼうな態度で手渡されたそれを広げる。どこか堅苦しいボールペン書きの文字が真っ直ぐに並んでいた。

【明日、中庭で一緒にお昼食べない?】

意外に思った。基山先輩が手紙を書くなら、こんな切れ端じゃなくてかわいいメモ帳を使うイメージだったな。そんなことを考えながら、ぼうっと文字の羅列を見つめる。そうしているうちに隣から視線を感じて、そうだ、基山先輩は今すぐ返事してほしいんだ、と気づく。
隣を歩く基山先輩を見上げた。視線がかち合う。彼女の眼が、いつもよりも少しだけ苦しそうだった。わざわざ手紙にして伝えたってことは、声には出さない方がいいのかな。視線を合わせたまま、こくんと小さく頷いた。

「よかった。約束だよ」

基山先輩は満面の笑みを浮かべてそれから私の手を取り、お互いの小指をしっかりと絡めた。あれ、声に出しても良かったんだ。思う間もなく肌と肌が触れ合う感覚に身体が支配される。触れた指がじわりと熱くなる。気づかれてしまうのが怖くて、さっと手をひっこめた。

「基山ー!栗ちゃんと何約束してんのー」
「ひみつー!」

前を歩いていた料理部の先輩が、基山先輩の言葉を聞きつけてこちらに振り返る。基山先輩は楽しそうに私の肩を抱きながら、人差し指を口に当てた。


昼食をとる場所は、校内であれば原則自由となっている。とは言っても実際は教室で済ませてしまう生徒が大半なので、中庭に設置されているベンチのうちのひとつを陣取ることはそう難しいことではない。4時限目の授業が終わるとすぐに、私は中庭に向かって駆け出した。図書館に面した場所にある静かな中庭は、私のお気に入りの場所だ。基山先輩が選んだ場所は、私の好きな場所。ただの偶然だとわかっているけど、心が弾んだ。

「これ、よかったら」

基山先輩と一緒にお昼を食べることが決まって、昨日の夜あわてて作ったチョコレートのブラウニー。お菓子作りが趣味の私の家には、幸いにもラッピング一式と残り物の材料が揃っている。間に合わせではあるけど、それなりのものを渡すことができた。

「やったー!実はちょっと期待してたんだあ」
「大したものじゃないでやんすけど、誘ってくれたお礼に」
「!、栗松さんてば!」

ほんとに栗松さんは。そう小さく呟きながら頭を撫でられて、心臓が跳ね上がる。基山先輩に触れられると、のぼせたみたいに周りの空気が熱くなって、なんだか変な気持ちになる。ずっとずっと、朝から晩まで基山先輩の隣にいられたらいいのにな。突然胸が苦しくなって、涙が出るのをぐっとこらえた。

「まだご飯食べてないけど、先に食べちゃおう」

基山先輩の綺麗な手が私の元から離れて、スルスルとラッピングのリボンを解く。一口大のブラウニーは流れるように口元へ運ばれ、いとも簡単に彼女の身体の中に呑み込まれた。私が、私なんかが作ったものを食べてもらって本当にいいのだろうか。作ったお菓子を他人に食べてもらう機会なんて何度もあったのに、基山先輩に食べてもらう時だけは、未だに、(一瞬ではあるけれど、)戸惑いを覚えてしまう。

「おいしい!さすが栗松さんのお菓子!」
「ほんとでやんすか?よかった」
「うん、おいしいから栗松さんも食べよ!」

あーん。小さな子供にそうするみたいに、基山先輩は私の口元へ真っ直ぐに二個目のブラウニーを差し出した。これってもしかして、恋人同士がするみたいな、アレ。ただでさえ火照った身体の温度が更に上がっていく。落ち着け、落ち着け。こんなの女の子同士ならなんてことない。

唇が基山先輩の指まで辿り着く直前、ぎゅっと目を瞑った。

「……あ」

これまでに聞いたことがない声。喉の奥から振り絞ったような掠れた声だった。思わず目を開けて基山先輩の顔を見る。基山先輩の顔は、それこそこれまでに見たことがないくらいに真っ赤になっていた。

「じ、自分でやっといて恥ずかしくなっちゃった」

もぐもぐ、もぐもぐ、ごくん。
何て答えたらいいかわからない気まずい時間を、甘いお菓子を噛み砕いてやり過ごす。お返しに私もあーんしたいな。でもやっぱりそんな勇気はないな。だいたい先輩に向かってそんなこと失礼かもしれないし。ぐるぐるぐるぐる、爆発しそうな頭の中。隣のベンチにだって向かいのベンチにだってたくさん人がいるのに、誰も私たちの様子になんか気づきやしない。それぞれがそれぞれの空間に閉じこもった中庭。ここは、私と基山先輩だけの場所。

「き、やませんぱいも、」

ベンチの上、少しだけ身体の距離を縮めると、顔を赤くして俯いていた基山先輩が顔を上げた。基山先輩の手元からプレゼントをそっと奪う。さっきされたみたいに、彼女の口元にブラウニーを差し出す。彼女は真っ赤な顔のまま、さっきの私と同じようにぎゅっと目を瞑って私に近づく。一瞬だけど、彼女の唇に私の指が触れた。

「っ、ごめっ」
「あ、基山先輩、なんでわざわざ手紙に書いたんでやんす?今日のこと」

心臓がドキドキして、ドキドキして、ドキドキして、おかしくなっちゃいそうだった。何もなかったみたいにさっと目を逸らしてごまかす。次に何を話そうか冷静に考える間もなく、密かに気になっていた疑問が自然と口から出ていた。

「栗松さんて意外といじわる」

基山先輩は拗ねたように、思い切り私から顔を背ける。

「直接言う勇気がなかったの!」

ああ、だめだ。
さすがに今度はなかったことになんかできない。
悟られないようにと頑張る内心とは裏腹に、私の身体はもう、指の先っぽまでりんごみたいに真っ赤になっていた。







++++++
脳内設定が脳内で爆発しすぎた


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