死ねない。
不意にそう思った。
こんなところでまだ死ねない、と。
見つけなきゃ、なにを?
探さなきゃ、誰を?

目を開くとそこには、怪物の口ががっぱりと構えていた。
唾液で濡れた口内が鼻先まで近づいてくる。
その時、初めて恐怖が生まれた。



「来ないでっ!!」



トン。
静かな衝突音が周囲に響いた。
崩れる黒い体、吹き出る赤黒い血。
怪物の体が塵となって空気に霧散していった。



「え……?」



呆然としながらも体をのっそりと起こす。
だけど殴られた腹と木に打ち付けた背中に激痛が走り、またその場に倒れこむ。
口の中に血の味がして気持ち悪い。
目の前が真っ暗になり、意識が闇に沈んでいった。



◇◆◇◆◇◆



目の前は真っ暗闇。
歩いても歩いてもそれは同じで、諦めて立ち止まると、突然一筋の光が浮かび上がった。
私はそこへ手をのばして走ろうとしたけど、足が闇に沈んで動けない。
どんどん沈んでいって、怖くてもがいたけど、やっぱり沈むばかりで。
その時、のばした私の手を誰かがつかんでくれた。
繋がる腕のその先にいたのは。



「…白哉」

「なんだ」

「…白哉?」

「なんだ」



私は勢いよく飛び起きた。
首を横にギギ、とねじるとそこには。



「なんで……!?」



鎮座する白哉がいた。
混乱して辺りをキョロキョロ見回すと、見知らぬ和室。
そして今私が寝ていたところは真っ白な布団だった。



「え、私、さっきあの怪物に……」

「痛むところはないか」



白哉の言葉にハッとする。
痛くない。
どこも痛くないし、血の味もしない。



「治ってる……!」

「…ならばよい」



そう言って、白哉は私の手を離した。
…離した?
…今の今まで手を握られていたらしい……!



「ななななな、なんで、手を…っ!」

「……………」

「というかなんで私はここに……?」

「それはアタシがお答えしまッス!」



ふすまがスパァン!と開いて、和服姿の男の人が現れた。
びっくりしてつい後ずさる。
男の人はあごに手を置きながら、私へ向かってじりじりと歩み寄ってきた。
まるで、古畑任○郎のように。


「あなたは帰宅途中、あの黒い化け物に襲われた……そうッスね?」

「は、はい」



にじりにじり。
ゆっくり歩み寄ってくるのが怖くて、無意識に白哉の背中へ逃げこんでいた。



「あれは虚といってですね
わかりやすく言うと悪霊ッス」

「…はあ」

「…浦原喜助、真冬にそこまで教えることはなかろう」

「いえ、この子は思いだしかけている
もう無知ではいられないんスよ」



…なにを言ってるのか意味がわからない。
でも白哉の声色が鋭くて、あまりいい話じゃないってのはわかった。



「で、その悪霊、虚は霊力を持った人を好んで襲うんス」

「霊力……?」

「魂が持つ力、とでも言っておきましょうか
それで真冬さん、あなたの霊力を嗅ぎつけて虚が襲ってきた、というわけなんですよ」

「…はあ」



そんな話いきなりされてもわけがわかりません。
悪霊?
虚?
霊力?
つーかあなた誰ですか?
と、素直に言えない自分が恨めしい。
でも今の話を聞いて、ちょっとひっかかることがあった。



「でも…、私今までそういうこと全然なかったんですけど……」

「そうッスよね
だけど、これからはそういうことが頻繁に起こるようになるんスよ……」

「そうですか」



私のこの切り返しに、浦原と呼ばれた男の人はあっけにとられたような顔をした。



「そうですかって……
また今日みたいに襲われるんスよ?
怖くないんスか?」

「…まあ」



惜しい、と思う自分がいる。
虚とかいうのの口が迫ってきた時、確かに恐怖は感じた。
だけど今は、死ぬんだったそれでもいいかとも思えた。
…自分がこんな死を望んでいたことに、少し驚いた。



「すいません
なんか助けてもらったみたいで……
ありがとうございました」

「いや、アタシはなんもしてないッス
真冬さんを助けたのは、白哉さんスよ」

「え……?」



目を見開いて白哉の背中を見つめる。
無言の背中の代わりに、浦原さんが口を開く。



「虚からあなたを助けたのも傷を治療したのも、全部白哉さん
アタシはただ、少し治療の手助けしたのと寝床を用意しただけッスよ」

「…本当に?」

「ええ」



…なんだか、意外。
それが顔に出ていたみたいで、浦原さんは不思議そうに首をかしげた。



「え、だって今朝会った時はなんか、こう、突き放すようなこと言われたから…
だから助けてくれるなんて……」

「…あれは」



やっと白哉が口を開き、体を動かして私と向き合う。
そして目を合わせて続けた。



「お前に知る必要はないと判断したからだ
しかし虚に襲われたお前を、見捨てるわけにはいかぬだろう」

「…そう、ですか
ありがとうございます」



あのまま白哉が助けてくれなかったら、私は今ここにいないだろう。
…その方が、よかったかもしれない。

ああ、私も嘘つきだ。
心の中では喜んでなんかいないのに、こうして助けてもらったことにお礼を言っている。
自分のことは棚にあげて、他人のことばかり非難していた。
…汚い。
とうしようもなく、汚れている。



「じゃあ、そろそろ帰りますね
本当にすみませんでした」

「あ、ちょっと!」



浦原さんの制止も振り切り、私は足早に部屋から出ていった。
廊下を進み、私の靴を見つける。
それをはいて、もう薄暗い外にかけていった。



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