春の陽気に照らされた日だまりの道を一歩一歩歩く。
吹き抜ける風は暖かく、私の頬をやわらかにかすめてすり抜けていった。
そんな季節感を楽しみながら1人歩いていくと、あの場所にさしかかった。
朝、白哉という人と出会った場所に。
1本道に堂々と咲き誇っている桜を見て、不意にあの背中を思い出す。



「…あの人、なんだったんだろう」



思えばかなり危険な人だったのかもしれない。
腰に刀は差してるし、変な格好してるし、…突然消えるし。
もしかしたらあの人は幽霊だったのではないか、いや、そもそもあの出来事すら私が寝ぼけていたのかもしれない。
そう思えるほど、白哉という存在は異質で、手でつかめない空気のように不確かだった。



「考えてもしかたない、か」



考えたところでまた会えるという確証はない。
だったら悩まずに、今までどおり、この生活を続けるだけだ。

桜の木から顔をそむけ、足を踏み出そうとした、その時。

強い衝撃が体を襲った。



「…っ!!?」



2秒ほど遅れてから体に痛みが走り、気がつくと私は桜の木のすぐ側で背中を向ける形で倒れていた。
背中と腹が痛い。
口からなにかがあふれでてくるのがわかった。
おそるおそる手でぬぐい、かすむ視界でその手を見ると、赤。



「ひっ……」



赤、赤、赤。
指先が震え、胃の中からなにかがこみあげてくる。
痛い、気持ち悪い、どうして?
その元凶は異形と共に私の目の前に現れた。



「おや、まだ意識があるのか」



機械を通したようなエコーがかった声に視線を向けると、そこには、文字通り怪物がいた。
黒い体に白い仮面、胸にあいた孔。
伸びた手足は漆黒の毛でびっしりとおおわれており、昆虫を連想させた。

一瞬ぽかん、とあっけにとられるが、体を襲う激痛に紛れもない現実なんだと理解する。
怪物は、喜びに満ちた声で言った。



「うまそうだなあ、お前ぇ
俺のことも見えるみたいだし、運がいいぜ」

「なに…?
なんなの……?」

「知る必要はねえさ
お前はここで」



怪物の仮面がガパァと縦にさけて、中から尖った歯と赤黒くうごめく舌が露出する。
その口から出た言葉は、死刑宣告だった。



「オレに喰われるんだ」



怪物の首がゆっくりとのび、てらてらと妖しく光る歯が近づいてくるのを見つめながら、私の心は恐怖もなく、空っぽになっていった。

ああ、ここで死ぬんだ。
私の人生ってなんてくだらないものだったんだろう。
打ちこめるものもなく、心を華やかせるものもなく、なにもない生活。
惰性にまかせて生きてきたけど、やっと終わりがきたのか。
私が死んだら、悲しんでくれる人はいるんだろうか?
証は、悲しんでくれるかなあ……。



――白哉は?




「うああああっ……!」



頭が痛い。
また、あの感覚だ。

血で濡れた手で頭を抱える。



「なんだ……?
霊圧が乱れてる……?」



怪物の呟く声も頭の痛みに掻き消されて私の耳には届かない。
その代わりに、また記憶の映像が脳内を駆けめぐった。

暖かい光の差しこむ広い和室に横たわる“私”。
そして“私”の手を握る少し冷たい手。
その手の先にいたのは―…。

その瞬間、映像にノイズが走った。
モノクロの世界、ノイズの向こう側に見えたのは紛れもない、白哉。

…泣いてる?

走るノイズの間に、涙が見えた気がした。
手を伸ばしたいのに体どころか指一本も動いてくれない。
視界が、ノイズに埋めつくされて黒く染まっていった。



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