くだらない、こんな世界。
無責任で、矛盾していて、自分勝手なこの世の中。
きらい、嫌い、嫌い嫌い嫌い。
なんで私ばかり辛い目にあわなければいけないの。
いくら涙を流しても、叫んでも、助けてくれる人なんて誰もいない。
人間は自分に無益なことはしない。
そんなキャパシティなんて元から持ち合わせてなんていない。
自分より劣っている人を見下して嘲笑い、優越感にひたりながら生きていくだけ。
なんて、汚いんだろう。
別に自殺願望を持っているわけじゃない。
ただ、だれかに必要とされたかっただけ。
「お前だけが必要なんだ」
と。
だれかの唯一無二になりたかったんだ。
そうすれば、自分の存在意義がわかるような気がして。
今日も私は、生きる。
◇◆◇◆◇◆
多くの人は非・日常を望んでいる。
同じように繰り返される毎日に飽き飽きして、ああ、なにか起きないかなとありもしない出来事を思い浮かべ、まあ、そんなことないけどと一蹴りして現実に戻る。
私もその中の1人なんだけど。
頭の中の冷静で客観的な理性が、常人と同じくあるはずがないとそんな希望を思考の隅の隅に追いやった。
しかしそれは、唐突に叶えられることになる。
さかのぼること数分前。
時刻は8:25。
私、木之瀬 真冬は通学路を走っていた。
遅刻寸前ななか、心のどこかに諦めの色がちらついて、とうとう足を止めてしまった。
頭の中で自分を慰める言葉を紡ぎ、そんなことをしてもどうしようもないとため息をつく。
……HR真っただ中に教室入るの、やだなあ。
今月、9年間の義務教育の最後の1年に差しかかったけど、その先にあるのが希望の光だとはかぎらない。
少なくとも私は失意のどん底にいるわけで。
受験に必ず合格するという保証はないし、もし合格できたとしても、新しい学び舎、新しい友達、新しい環境……。
光に満ちた新たなスタートライン。
だけど裏を返せば、今までの繋がりや積みあげてきたものが振り出しに戻ってしまうということ。
違う友達、違う環境、違うレベル。
前向きな人はチャンスだとかいって割りきれるんだろうけど、私にはそれができそうにない。
受験シーズンにもなっていないのに、とっても憂鬱な気分になった。
遅刻をして悪目立ちしたくなかった私は、とりあえずどこかで時間をつぶしてから休み時間の間に行こうと思い、ため息をついて辺りを見わたした。
朝ということもあり、人通りの少ない道。
突然、視界が鮮やかなピンク色で埋めつくされた。
「わ……ッ!?」
それは桜の花びらで、ザアッ、と空気を裂きながら流れるように舞っている。
頬に鋭い痛みを感じ、指でなぞってみると、どういうわけか血が出ていた。
花びらで切ってしまったらしい。
すると、花びらがどこかへ透きとおるように消えいき、その先に見えたのは……。
空を埋めつくさんばかりに咲いた桜の木の下、まるで端正に作りこまれた芸術品のような麗人がたたずんでいた。
黒い着物に白い羽織、なびく薄水色の襟巻。
とても今の時代の格好とは思えない。
だけどその美しさからか、まったく違和感を感じさせない。
…ロケかなんか?
でもカメラないし……。
まじまじと見つめているとそれに気づいたのか、男の人と視線が重なった。
目を、見開く。
「―――――っ」
目が合った瞬間、頭に鈍い痛みが走り、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような嫌悪感が襲ってくる。
そして、なにかが頭の中に流れこんできた。
オレンジ色の映像。
大きな屋敷の前にたたずむ“自分”を、あの人が肩を抱いて中に入るよう促す。
“自分”は遠慮がちに門をくぐり―…。
そこで映像は止まった。
いや、映像なんかじゃない。
記憶、だと思う。
だって夕暮れのまぶしい光も、音も、香りも、あの人の温もりだって鮮明に感じた。
はじめて起きる現象、身に覚えのない記憶の映像。
イレギュラーな現象に思考が追いつかない。
私は思わず頭をかかえた。
なに、今の。
知らない景色に“自分”とあの人がいた。
あれはなに?
誰の記憶なの……?
錯乱する意識をやっとの思いで現実に戻す。
すると、あの人が目の前に立っていた。
いくらきれいな人だとはいっても、突然迫られるのは怖い。
むしろその整いすぎた容姿が恐怖を倍増させていた。
まるで無機質な人形に追い詰められているかのような……。
短い悲鳴を上げて、ゆっくり後ろへ後ずさるが、恐怖のせいで体が思うように動いてくれない。
人は本当に怖いとき、声が出ないと聞いたことがある。
本当に、声が出ない。
怖い、怖い、怖い!
後ずさっても男の人は近づいてくる。
眉を寄せ、私をじっと見据えて一歩一歩、まるでなにかを確かめるかのように。
石につまづいて尻餅をついてしまった。
……痛い。
ってそんなこと考える前に逃げ―…。
ストン。
男の人が私の前で静かに片膝をつき、何も言わずにただ私を見た。
どういうわけか、視線をそらすことができない。
吸いこまれるような桔梗色の瞳、心を突き刺すまっすぐな視線。
そんな瞳を見ているうちに、私の中に変化が起きた。
…なんでだろう。
あんなに怖かったのに、もう怖くない。
恐怖に支配されていた私の心は、優しく暖かな安堵感に包まれていた。
そして。
――なぜか、涙が溢れ出した。
「…白哉様……」
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