なにもないまま、1週間が過ぎた。
浦原さんの言っていた虚に襲われるなんてことは一度もなく、ただいつも通りの平穏で空虚な生活を送っている。
ああ、そういえば変化がひとつだけあった。



「ちょ、ごめんって!
離して!」



幽霊が見えるようになりました。



「あ、そうだ!
お供え物持ってくるよ!
なにがいい?」



今私は男の子の幽霊に足を拘束されていた。
原因は、私が男の子にうっかり話しかけてしまったこと。
だって!
ふつうの男の子みたいに見えたんだもん!
迷子かなって思って話しかけたらいきなり足に抱きついてきて、もう10分ほどこの状態が続いていた。



「なんか欲しいものある?」

「…友達」

「友達?」



うつむきながら頷く男の子。

幽霊はふつうの人には見えない。
私もそうだった、でも浦原さんの言う霊力っていうのが私にあったみたいで、こうして幽霊を見ることがでいるし、触れることもできる。

…さみしかったのかなあ。
自分はここに立っているのに、誰も気づいてくれなくて素通りしていく。
それはとても辛くて孤独な経験ではないのか。
想像して、涙が滲んできた。



「…お姉ちゃんが友達じゃだめ?」

「…え?」

「私と友達になろ、ね?」

「うん!」



パアッと輝く笑顔で頷く男の子に不覚にもきゅうん。
…やばい、ショタに目覚めそう……!

こうして幽霊の男の子、ナオ君と友達になりました。



◇◆◇◆◇◆



「ナーオくーーん!」

「ねーえちゃーん!」



BGM“オールウェイズ・ラブ・ユー”(徐々にフェードアウト)で抱きしめ合う私達。
あれから私は毎日放課後に会いに行って、こんなことができるまでナオ君と仲良くなれた。
やばい、ショタに目覚めそう。



「今日はねえ
ナオ君が好きだって言ってたチューリップを持ってきましたー!」

「わー、ありがとー!」



まあ、学校に植えてあったやつを拝借してきたんだけどね。
水の入った花瓶にチューリップを差して、ナオ君のいる電柱の横に置く。



「きれーい」

「そうだねえ」



目をキラキラ輝かせるナオ君と座りこんでチューリップを見つめる。
赤と白の花弁が愛らしく膨らんで、ゆらゆらと風に吹かれて揺れていた。
少し曇った空の下、ほのぼのとした時間が流れていく。
ずっとそんな時間が続くのかと思ったその時。

嫌悪感、とでも言うんだろうか。
突然空が震えたような気がして、急いでナオ君をかばうように抱きしめていた。



「どうしたの……?」



困惑するナオ君の背中を安心させるようにポンポンと叩く。
大丈夫、そう言おうとしたけど、背中に激痛が走って叶わなかった。



「いたっ……!」

「あらあ?
強い霊力を感じて来てみれば、もう一人ガキがいるじゃないの」



振り返らずとも気配や声でわかった。
虚、だ。
なんで、あの時以来襲われてないのに、なんで、ナオ君といるときに。



「あんたが…食べたいのは……私でしょ」



背中の痛みに耐えつつ、抱きしめていた腕をほどいてナオ君を背にかばう。
目の前の虚は、この間のやつと外見が変わっていた。
黒い体と白い仮面はそのまま、鳥のような翼と足を持っていて鷹のような鋭利な爪が指先に生えている。
あれで背中を引っかかれたらしい。

虚はそのエコーがかった高い声で答えた。



「そうねえ
確かにあなたが目的だったけど、食料は多いにこしたことはないでしょう?」

「………っ!」



虚の目が、ナオ君へ向く。
このままじゃナオ君まで……。

不意に白哉の姿が脳裏に浮かぶ。
白哉なら助けてくれるかもしれない。
そう考えて、やっぱり無理だと首をふった。
そんなに都合よく助けてくれるはずがない。
人は自分に無益なことはしない、助けてくれはしないと、いつも心の片隅に置いてきたじゃないか。
ただ、白哉なら助けてくれると唐突に思っただけ。
迷惑な話だ、なんの関係もない他人にこんなにあてにされてるなんて。

私がやるしかない。



「…この子を見逃してくれたら、私をあげる」

「ねえ、ちゃん?」

「だから、この子は食べないで」



私の言うことを聞いてくれるわけがない。
でも私にはこうすることしかできなかったんだ。
ナオ君はこの場所から動けないし、私もナオ君を残して逃げる気なんてない。
私の命はどうでもいい、だけどナオ君は、ナオ君だけはやらせない。

こんな小さいのに死んじゃってずっと一人でいたナオ君が、なにか悪いことでもしたの?
ただ私といただけなのに、二度も死なせたくない。

手のひらで胸を叩き、虚に向かって叫んだ。



「あんたの狙いは私だろ!
だったら私だけを見ろ!」

「なにそれ、熱血ドラマ?
…まあ、いいわ
その願い叶えてあげる」



虚が仮面を醜く歪めて笑い、次の瞬間、私の腕に咬みついた。
牙が腕にめりこんで激痛が走る。



「ぐっ、ううう……!」

「ああ、たまらないわ!
その苦痛に歪む顔!
なんて素敵、なんて美しいの!!」



いまだ私の腕をちぎらんばかりに咬みつく虚は、狂ったように歓喜の声をあげる。
メリメリと骨が軋む音がして、歯を食いしばりながらそれにたえる。
痛みで意識が朦朧とするなか、やけにはっきりと、凛とした声が聞こえた。



「散れ、千本桜」



ああ、白哉の声だ。
やっぱり助けに来てくれた。

桜の花びらに切り刻まれて悲鳴をあげる虚を見ながら、私はその場にへたりこんだ。



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