あれからマツバさんは毎日家に来てくれるようになった。
来ると言っても窓越しだけど。
時間も短いけど、決まって毎日来てくれる。
ジムリーダーで忙しいのに、申し訳ない。
でもそれ以上にマツバさんと話していると楽しくて、嫌なことを忘れられた。

マツバさんが帰ったあと、また部屋の外から物が壊れる音がした。
おそるおそる部屋から出る。
リビングを覗くと、母さんが机に顔を伏せていた。



「母さ─…!」



コップが顔めがけて飛んできた。
よけられずに額に当たる。
割れたコップが、額を切った。



「母さん……」

「話しかけないで……!」



私を睨む目は、狂気と憎悪で染まっている。
前の街で父さんとうまくいかなくなって、私達はエンジュへと引っ越してきた。
それからだ。
母さんがおかしくなったのは。
父さん似の私を徹底的に避ける。



「出てって!
顔も見たくない!」

「………………」



泣きながらとぼとぼ部屋に戻る。
鏡を見ると、額の血が顎へ向かって垂れていた。
とりあえず手当てをして絆創膏を貼っておく。
冷静になってから、手首がうずいた。



「うぅ……っ」



私がいらないなら、生まなきゃよかったじゃないか。
バカじゃねえの。
まだ父さん好きなんだろ。
さっさと父さんに謝ればいいじゃんか。

涙がボタボタ落ちる。
過呼吸のように息ができない。
発作的に、引き出しからカッターを出した。



「はあっ、はっ……」



左の手首に当てて、引く。
痛い。
でもその傷みが心を落ち着かせてくれた。
…マツバさんが見たらどう思うだろう。
ふつう引くよね。
なんでも言って、とは言われたけど、結局一回も相談してない。
軽蔑されるのが怖いんだ。



「はは…
ダメだな、私」



ふらっと外へ出た。
行き先もなく、そこらへんをぶらぶら歩く。
気づいたら37番道路に来ていた。
薄暗い茂みはいかにもなにか出そう。
向かって左手にある段差を降りてみた。
そこにはぼんぐりと呼ばれる木の実がなっている木が3本あった。
そのぼんぐりの木に登ろうとしてるポケモンがいる。



「ロコン……?」



ロコンにしてはしっぽが白い。
そして6本あるはずのしっぽが1本しかない。

そんなロコンは、やっと木に登ってぼんぐりをつついていた。
そーっと近寄ってみる。
…やっぱりロコン。
すると私に気づいたのか、びっくりして落ちそうになった。



「わっ!?
…セーフ」



落ちたロコンをスライディングキャッチ。
ぽかん、とするロコン。
ハッとして私の手から逃れようとするけど、ぎゅっと抱きしめて離さない。
…温かい。
かわいいなあ。
さっきまでの悲しみが、少しだけ癒された。


グーグルー……。


背後から、なんか聞こえた。
後ろを振り返るとそこには……。



「わーお……」



オドシシがいた。
前足で地面を蹴って、鼻息を荒くしている。
…戦闘体制だ。
私は慌ててさっきの肩ほどの高さの段差の上にロコンを置いた。



「逃げて、早く!」



叫ぶとロコンは走っていった。
ホッとして、オドシシと向きあう。
相変わらず地面を蹴っていた。
逃げるつもりはない。
あっちが逃げてくれればよし。
このまま殺してくれればなおよし。
鼻息を荒くしてウロウロしているオドシシにニコッと笑うと、それが気にいらなかったのかオドシシが突進してきた。



「ゲンガー、シャドーボール!」



目の前のオドシシに黒い玉がヒット。
そのまま目を回して倒れこんだ。



「……ジムリーダーさん?」



声がした方向を見ると、やっぱりマツバさんがいた。
息を切らしてゲンガーをボールに戻す。
その足元には逃がしたロコンがいた。
手を差しだされ、段差の上に上らされる。



「〜〜〜っ
このバカ!!」



そう怒鳴り、私の手を引いて歩いて行った。



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