家から出るとき、なるべく音を立てないように、静かに出ていった。
外へ出るとマツバさんがニコニコしながら待っていてくれてた。
…なんでこの人はこんな笑ってるんだろう。
こんな、キレイに。
そんな笑顔を見ていると、私が見てもいいのか、となぜかもったいなく感じてくる。
どこへ行くのか尋ねてみると、どこへ行きたい?と返された。
「チユリちゃんエンジュに来たばかりだよね?
だから案内してあげるよ」
でもジムはまた今度。
そう言って笑うマツバさん。
さすが、ジムリーダー。
自分の街のことをよく把握してる。
現に私の名前も、私が引っ越してきたことも知ってる。
すごいなあ……。
…でも、家庭の中までは知らない。
手首をぎゅっと握りしめた。
「いいんですか?
じゃあ、舞妓さんが見たいです」
私が変な態度とって困らせるわけに行かない。
それに前から舞妓さん見てみたかったし。
それを聞くとマツバさんは、わかった、と歩きだした。
しばらく歩くと、立派な建物が見えてきた。
和風ででっかいその建物には“歌舞練場”と書いてある。
「ここが、エンジュの踊り場
正式名称は歌舞練場
この中で舞妓さん達が踊ったり稽古してたりするんだよ」
説明し終えると、じゃ行こうか、と中へ案内された。
初めて見た舞妓さんは、とてつもなく綺麗だった。
鮮やかに着飾って踊りの稽古をしてる彼女達は、同じ人間と思えないくらい輝いてる。
その稽古を見ている観客も、幸せそうに笑っていた。
「すご……」
「舞妓さんはエンジュの文化の1つだからね
観光に来るお客さんに満足してもらえるよう、毎日厳しい稽古してるんだ」
すると、1人の舞妓さんがこちらに気づいて近よってきた。
「あら、マツバはん
ジムはどうしはりましたん?」
「気分悪かったら休んだ」
「そうどすかあ」
談笑するマツバさんと舞妓さんを見ていると、ああ、別世界の住人だ、と思う。
なんかすごい馴染んでるというか、釣りあってるというか……。
私も、もう少し違う生き方をしていたら、こんな風に輝けたのだろうか。
「チユリちゃん、他に行きたい場所は?」
歌舞練場から出て、マツバさんが訊いてきた。
エンジュの名物を舞妓さんしか知らない私。
「…ジムリーダーさんのオススメの場所とかありますか?」
「オススメか
じゃあ、あそこ」
そう言って指差した先には、何重にも重なった塔があった。
それを見るマツバさんの顔は輝いてて、なぜか悲しそうだった。
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