病院特有のなんともいえない消毒液のにおいが鼻につく。
ピッ、ピッ、と一定の間隔で鳴る機械音。
「………………」
また死ねなかった。
目をうっすら開けると、そこには無機質な真っ白い天井。
横を見れば、私の手を握るマツバさん。
心なしか、目が潤んでいるように見える。
「チユリちゃん……」
「………………」
また怒られるかと思った。
でも予想とは反して……。
「よかった……」
ぎゅー、とマツバさんの胸に顔が埋まる。
耳元で鼻をすする音がした。
泣いてる……?
悲しむとは思ったけど、まさか泣くとは思わなかった。
原因は私なのに、ただバカみたいにオロオロする。
「ごめんね……」
「な、なんでマツバさんが謝るんですか」
「なんでも相談してって言ったのは僕なのに、結局なにもできなかった…
気づいてあげられなくて、ごめん……」
気づくもなにも、私はあの時まで死ぬという選択肢は棄てていたんだ。
マツバさんが気づけるわけがない。
勝手に決めて、勝手に行動に移した私が悪いのに。
「私、わたし……」
マツバさんの背中に腕を回す。
涙がポロポロ落ちてきて、肩を濡らした。
「なにしてるんだろう……
最低だ……」
何度も何度も壊れたようにごめんなさいと繰り返す。
マツバさんの泣く姿を見て、どんなに傷つけたか、心配させたのか、事の重大さを思い知った。
湖に落ちた後、こっそりついてきたロコンが必死に私を水から引き上げようとしてくれていたらしい。
マツバさんはそれを“視た”らしくて、急いで湖へ駆けつけたら案の定水の中に沈む私が。
マツバさんいわく“視た”というのは、千里眼の能力で未来が観えたみたい。
そして水から引き上げた私をポケモンセンターへ連れていったというわけだ。
体が冷えきっていて、酸素不足で、たいへん危険な状態だったらしい。
一回心肺停止したとか。
冷静な今考えてみるととんでもない。
マツバさんとロコンにどれだけ大変なことを強いたのか。
「ロコンは……?」
炎タイプなのに水の中へ入れさせるだなんて。
最低なことをさせてしまった。
「別の部屋で寝てるよ」
そう答えるマツバさんの目は赤い。
すると、ドアがノックされて誰か入ってきた。
久しい声で私を呼ぶ。
その姿に口が開いた。
「父さん……!」
遠慮がちに頭を撫でる父さんを見て、また泣きそうになった。
母さんから私のことを聞いたらしい。
驚いて、嘘だ、と言うと首を振られた。
「母さんと色々あったようだけど、母さんはお前が嫌いなわけじゃないんだよ
実の子供じゃないか
悪いのは、母さんをああさせた父さんだ」
「…そんなこと、あるわけないじゃない」
「心の中では、お前を愛してるんだよ」
涙がボタボタ流れる。
なぜかはわからないけど、無意識に出てくるんだ。
止めようとしても余計に溢れ出てくる。
マツバさんは、そんな私の背中をポンポン、と優しく叩いていてくれた。
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