家へ帰ると、母さんが泣く声がした。
ロコンをボールへ戻し、おそるおそるリビングへ。



「母さん……?」

「………………」

「父さんと話し合ってみたら…?
それでまた一緒に暮らそうよ……」

「うるさい!」



今回は物が飛んでくることはなかった。
でも代わりに、平手打ち。
頬がジンジンする。
頬を押さえて心配させないように笑った。



「なにがおかしいわけ……!?
消えてよ、私の前から!」



今度は物が飛んできた。
また避けられずに頭にぶち当たる。
顔を狙ってるんだ。
父さんに似た、この顔を。



「まだ父さんが好きなんでしょう?
だったら話し合えばいいじゃん!
なんで!?
なんで私に当たるの!?」



今まで押さえこんでいたものが爆発する。
母さんの私を見る目が、みるみるうちに怒りの色に染まった。



「あんたなんて生まなきゃよかった……!」

「……え?」

「いらない!
あんたなんていらない!
消えてよここから!」



なに、それ。
私だって生まれたくなかった。



「だったら私なんて生まなきゃよかったじゃん……!」



そう言い捨てて、部屋へ駆けこんだ。
引き出しからカッターを取り出す。
ポケットにほおりこんで、家から飛びでた。
気がつくとスリバチ山の近くの湖の前でへたりこんでいた。
マツバさんに告白された場所。
昼間の雰囲気とは売って代わり、街灯でかすかに照らされた道は不気味だ。
でも怖くはない。
それよりも怒りと悲しみの方が大きいんだ。


カチ、カチ、カチ。


暗い周囲にカッターの刃を出す音だけが響く。
おもむろに袖をまくり、手首に刃を押しあてた。
ごめんね、マツバさん。
もうしないって約束したのに。
でも無理だ。
悲しみを沈める方法をこれしか知らない。
力を入れて引くと、赤い線をなぞって血が流れた。



「うえっ…うっ……」



辛い。
自分の存在を否定され続けるのは。
私がなにをしたの?
この悲しみはどこへ棄てたらいい?



「マツバさん……っ」



逢いたい逢いたいあいたいいたい痛い痛い。
イタイイタイイタイイタイイタイイタイココロガ。


顔を上げると、目の前には黒く沈む闇。
首をひねるとスリバチ山へのぽっかり空いた入り口が、私を誘っているように見えた。
ボールからロコンを出す。
心配そうに私の顔を伺っていた。



「大丈夫だよ
…ロコン、私から逃げて」

「コン……?」

「好きなところへ行って、好きなことをして」

「クゥン」



鼻先で手を悲しそうに突っついてくる。



「ロコン、ごめんね…
愛情注いであげられなくて……
ほら、行って……」



促しても動こうとしないロコン。



「お願い…
ね?」

「…クゥン」



悲しそうにとぼとぼと私から離れていった。
ごめんね、ロコン……。
君のしっぽ、なにも変わってない。
充分な愛情を注いであげられなかったってことだ……。
本当にごめんね……。

私はふらっ、と立ち上がった。
吸い込まれるようにスリバチ山へ入る。
もともとはこの中の湖で死のうとしてたんだ。
人にも見つかりにくいし、水温が低い。
足の感覚をたよりに、奥へ進んでいった。



「ここか……」



石で囲われた湖。
迷うことなく石の上に立つ。

マツバさんのおかげで、真っ暗だった私の人生に明かりが灯って色がついた。
もしもエンジュに引っ越さずに前の街であのまま暮らしていたとしても、きっと真っ暗だったと思う。
マツバさんがいてくれて、私を好きになってくれて、私の心に色が宿ったんだ。

…私が死んだら、マツバさん悲しむかな。
悲しませたくないけど、私は自分勝手だから。
辛いのが嫌だから逃げようとしてる。
ごめんなさい、マツバさん……。
ああ、またマツバさんと鈴音の小道行きたかったなあ。

ふっ、と笑って、体の力を抜いた。



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