初めてだった。人生初の、ラブレター。面倒くさいトラブルに巻き込まれる前に帰ろうと下駄箱を開けると見慣れない白がそこにあった。何だ、果たし状か、と手紙を開くとそこには『放課後中庭の木の下で待ってます』の一行。典型的な女子特有のまるっこい字で書かれたそれは俺とは一生無縁のはずで、実際無縁だった。一瞬よぎったのはノミ蟲の顔。あいつならこんなこともやりかねない。けど、俺は信じたかった。この手紙を。
だから俺は中庭へと向かった。





「…ねばってるねぇ、シズちゃん」


放課後のチャイムが鳴ってからおよそ2時間は経過した。普通なら20分待って来ない時点でおかしいと気づくだろうに、シズちゃんはまだ木の下にいた。シズちゃんは下を向いてばかりだから上から見下ろしている俺に気づかない。

―ぽつ、ぽつ…


「!」


ぽつぽつと小さな音が聞こえてきたかと思うと、水が一滴鼻の上についた。それから頬にも。もしかして雨降るのかよ。顔を上に向けたのが合図のように、先ほどまでは白かった雲が徐々に灰色に変わり、やがて本格的に雨が降り出した。


「げ…っと、シズちゃんは……」


まあ、こんなに大雨だし2時間も経ってるしさすがにいないよね。それでもどうしてか不安になって下を向く。雨のせいで視界が悪いけど何とかあの木と―あの金髪を発見した。シズちゃんも傘を持ってないらしくずぶ濡れだ。ずぶ濡れのままでなお待っている。来もしない少女を。


「―……何で、だよ」


どうしてシズちゃんはまだ来もしない少女を待ってるのだろう。もう2時間も経った。雨も降り出した。こんなに悪条件が揃ってるんだ、普通なら悪戯だったと気づいて帰るというのに。
さっきまで下ばかり見ていたシズちゃんが顔を上げる。少しだけ見えたそれは悲しそうで。


「………くそ、」


もう帰る予定だった。シズちゃんの可哀そうな姿を一目見れれば十分だった。何も言わないで帰ろうと思っていた。それで彼を完全に陥れることができるのだから。だけど。
ずぶぬれのまま廊下を走って玄関にたどりつく。外靴に履き替えて向かった先は門では無く―中庭だった。




→何で続くんだろう。次こそ最終回です