いつからだろうか。もうずっと前かもしれないし、案外最近だったりするのかもしれないが、最近臨也が池袋に来るとき、隣に女を連れていることが多くなった。何となく聡明な印象を受ける女は臨也と親しそう――いや、実際親しい仲なのだろう。一昨日二人を見かけたとき、咄嗟にその場にあった標識を抜いてあの理屈をこねくりまくる頭の中心に向かって投げようとしたとき、それより1秒早く彼は彼女を守るように前に出た。

(……信じらんねえ)

コイツはこういうとき女を守るような男だっただろうか。別にこいつが女と一緒にいるとき誰かに襲われたら、女を置いて逃げるような腑抜けだとは思っていなかったが、それでも今の反応は俺に多大なダメージを与えた。

自分で言うのもなんだが俺は異性より同性に惹かれる。今まで二十数年生きてきたがその中で女性を好きになったのは1回だけ、同姓を好きになったことはかなりあった。そして自分でもどうしてこうなったと言いたいことに、俺は今臨也にぞっこんだった。しかも臨也だけは何故か破壊衝動も伴う恋だった。可愛がりたいし精一杯愛したいが、その逆に痛いことや酷いことをしたくなる。

彼がノーマルなのはわかっていたことだが、こうも目の前でカッコつけられると悲しいものがあった。引っこ抜いた標識を出来るだけ原型に近い状態へ戻し、二人へと視線を戻す。二人とも驚いたように目をぱちりぱちり、と瞬き。


「…今日は見逃してくれるの?シズちゃん」

「違え。ただ興味が沸いただけだ。お前にくっついてる女なんてなんて可哀そうなんだろう、ってな」


自分でよくこんな嘘が出てきたものだと関心した。本当は彼女が憎くて堪らないのに、彼女に同情するようなことを言う。自分でも驚くくらい自然に言えたから、臨也も俺の嘘に気づいてないだろう。


「あら、失礼だわ。わたしは別に好きで彼と一緒にいるんじゃないの」


女が初めて口を開いた。予想通りの強気だと伺える凜とした響き。臨也も声がいいと思うが、彼女もそれと同等なのではないだろうか。これが臨也のタイプなのだろうか。
彼女の言葉に臨也はわざとおどけた様子でわあ、と言うと、馴れ馴れしく彼女の腰に腕を回す。彼女はそれには特に反応しない。
思わず掴んでいた標識を捻じ曲げてしまいそうになるのを必死で堪える。それから勤めて冷静そうに言葉を紡ぐ。


「……今日はお前を血祭りにはしない。その代わり、お前らの関係を教えろ」

「へえ……珍しいね。波江に感謝しなきゃ。有難う」

「気持ち悪いからやめてちょうだい」

「あははっ酷いなあ…。それより俺たちの関係?いいよ、教えてあげる。そこのメックでいい?」


頷き、先を歩く二人の後をついていく。
どこからどう見ても恋人にしか見えない。腹が立つ。この女は一体誰なんだ。







「波江、適当に飲み物買ってきてよ。あ、炭酸は嫌だけど。シズちゃんは?」

「…シェイク系」

「だって。よろしくね」


会計に並んだ女を置いて、俺と臨也は空いている席へと座る。隣に座っていた若者は青い顔で席を飛び出した。周りの客も訝しげな目でこちらを見ている。うぜえ。

普段メックに入っても、ここまで露骨に驚いた顔はされない――と考えて、ようやくこの視線の意味に気づいた。すっかり忘れていたが目の前には臨也がいる。俺と臨也が出会えばいつも殺し合いのような喧嘩をしているのに、その俺らがこうしてマックに一緒に入り、あろうことか向き合うように席につけばそりゃ誰だって気になるだろう。
とは言っても腹が立つから仕方ない。睨み付けると、客は恐れ戦いたかのように視線を外し、それぞれが即座に席を立った。
それを見ていた臨也はふん、と楽しげに鼻を鳴らした。


「やっぱり人間って楽しいよ。最高!」

「うぜえ。黙れ。早く言え」

「はいはい、わかりましたよーっと。俺と彼女の関係は、共犯者みたいなもの?」

「……共犯者?」

「そう、共犯者。俺と波江はね、漫画の世界にはよくいる、所謂「黒幕」的な存在なんだと思うよ。ああこれは別に自分を買いかぶってるわけではないよ。事実だ。例えば池袋で事件が起きたときのほとんどは、俺と波江が裏で糸をひいてるってこと。まあシズちゃんはそんなことわかりきってるだろうけど、糸を操ってるのはもしかしたら俺じゃない波江かもしれない。もしくは俺たち2人かもしれない――さて、わかった?」

「あの女もお前と同類なのはわかった。けど、」


お前とあの女の仲のよさについてがわからない。
そう言おうとして、咄嗟に口を噤む。そんなことを聞いたら臨也にからかわれるに違いない。とは言っても俺が一番気になるのはやはり仲の良さだ。
さてどう聞こうかと考え込んでいると、やっと女がやってきた。テーブルに置かれたのはミルクティーが2つとバニラシェイク。そのうちのバニラシェイクを取り口に含む。特に変な味はしない。


「メックのミルクティーすごく美味しいんだよね。もしかして俺が毎日飲んでるのに気づいてたの?」

「ただ覚えていただけよ」

「ふうん?まあいいや、有難う波江」


美味しそうに紅茶を飲む臨也の隣で、携帯を操作しながら紅茶を飲む女。きっと女は俺の彼に対する感情など知らないのだろうからここでイライラするのは馬鹿だが、それでも臨也に褒められ自然な笑顔を向けられる女が羨ましかった。

女を注意深く観察していると、ぴたり、と手が止まった。それと同時に、無表情だった彼女の顔がいきなり緩んだそれへと変わった。


「………は!?」


自分でも馬鹿みたいな素っ頓狂な声が出た。まだ残っていた客が驚いた顔をしてこちらを振り向く。一方臨也は慣れっこだというように紅茶を飲みほすとストローを離してやれやれ、と言いたげに口を開いた。


「波江ってさ、弟至上主義者なの。弟がいれば他には誰もいらない状態。ああこれ恋愛感情込み」

「………そうなのか?」

「うん。だから他の男には目もくれないの。きっと彼女にキスしても無表情のままだろうね。ああ、弟クンがやったらそれはもう誰より女らしい花も恥らうような表情を浮かべるだろうけどね」

「…ふうん」


一瞬にして嫉妬の炎がなりを潜めた。彼女も世間的にあまり人には言えないような恋をしているのだ、そう思うと親近感が沸いた。



END.
維吹さまのリクエストで「黒幕組の仲の良さに嫉妬し波江を敵視する話(波江は誠二一筋)」でした^^あんまり黒幕組が仲良くなりませんでした…敵視もしてない><;
素敵なリクエスト有難う御座いました!遅くなってごめんなさい><