ピリオド

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 不用品として廃棄されかけたサンダルフォンだったが、どういうことだか、ルシファーの直属の天司として生きることを許された。実験に使われるのか、廃棄と、どちらが良かったのだろうかと過った不安が現実になることはなく、サンダルフォンの日常が変わる事は無い。与えられた部屋で、時折、訪れる人を待つだけ。唯一、変わったのは、時折、訪れる人がルシフェルでなくなったことだけだ。

 あの日、盗み聞きして以来、会話を、聞いてしまって以来、ルシフェルがサンダルフォンを訪ねることはなくなった。そもそも、研究所に帰還しているのかサンダルフォンには知る術がない。代わりのように、訪れるのはルシファーだ。ルシファーは何も言わない。気まぐれに訪れて、サンダルフォンを寝台に引きずり込むと抱きかかえて、数時間程度眠ると、再び出ていく。何がしたいのか、何を求めらているのかわからない。そんなことが何十回も繰り返されるうちに、ルシファーに対する警戒は有耶無耶になっていく。抱きしめられるたびに強張らせることに変わりはない。けれど、今では、眠ったのを確認すると、ルシファーの背中にそっと手を添えてみたり、白銀の髪をなでてみたりと、大胆になっていた。

(あの人も、こんな髪質だったのかな)

 不規則な研究生活だというのに、傷んだ様子はない。指の間をするりと通り抜けていく滑らかな触り心地を、ひっそりと、堪能する。理由もわからず、拘束されているのだから、このくらいは許してほしいと、起きているときでは決して言うことも、触れることも出来ない髪をなでる。首筋にかかる吐息に、起きたのだろうと声を掛ける。

「起きますか?」
「……目が覚めただけだ」
「はい」

 眠っているルシファーに対しては緊張をしなくなっても、起きているときは別だ。いつだって、無機質な、冷たい眼で見下ろされ続けてきた。不用品と言い切った男だ。造られた存在であるサンダルフォンにとって、必要とされたいサンダルフォンにとって、恐ろしい言葉を吐き捨てた男だ。恐怖は拭えない。怯えは消えない。何時までも、眠る気配の無いルシファーに、サンダルフォンは無意識に、緊張する。カーテンの向こう側は明るいのに、別世界のように、足先から、冷えていく。おそろしくて、たまらない。

「ルシフェルとは会ったのか?」
「いい、え……」
「そうか」

 ルシファーがくつりと笑う。
 ルシファーの言葉は、凶器と代わらない鋭さで、いつだって、サンダルフォンの柔らかで、脆い心をぐさり、ぐさりと抉る。嫌な予想がした。その先を聞いてはならないと直感した。なりふり構わず、逃げ出したくなる。なのに、耳を塞ぎたくても、手は動かない。止めろと、制止することも出来ない。星の民の、研究員の腕を振り払うことなんて、容易いのに、逆らってはならないと、体が動かない。耐えることしかできない。唇を噛むしか、サンダルフォンには出来ない。

「戻ってきているぞ?」
「そうですか」
「別に、会いに行くことを咎めたりしない」

 そこまで制限するつもりはないさ。楽しそうに言っているルシファーに、サンダルフォンは何も言えない。善意ではない。試されている。研究所に、戻ってきているのに、ルシフェルはサンダルフォンに会おうとしていない。今まで、研究所に帰還するたびに、声を掛けてくださったのを、ルシファーは知っているはずだ。中庭の許可を出したのも、珈琲の持ち込みを許したのも、ルシファーに他ならない。与えられた部屋で一人、ルシフェルを待ち続けていたのを、知らないはずがない。部屋を出ることを許されていなかったサンダルフォンのもとへ、訪れるたった一人を、知らないはずがない。その人に、どうして、会いにいけと言うのだろう。会いに来ない人を、会うつもりがない人に、どんな顔で、会いに行けばいいのだ。

 サンダルフォンには手を伸ばすことが出来なかった。出来るはずもない。差し伸べられる手を待ち続けた。捨てないでくださいといえば、良かったのだろうかと、もしもを考えては、想像がつかず、諦める。想像ができない。したくない。あの人に、否定されることがおそろしい。不用品と否定もされず、愛玩として求められもしない。そんなサンダルフォンが、求めたところで、何を言われるのか。どんな目で、見られるのか。考えたくもない。

 耳元で、声も無く、笑う声。否定をしようとしたのか、何を言おうとしたのか、自分でもわからない、わなわなと震えた唇を、噛みしめる。鉄臭さが、口に広がった。

2018/11/17
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