ピリオド

  • since 12/06/19
 空と海の青だけがサンダルフォンの世界だ。小さな窓から見える空と海。灰色の部屋にいるサンダルフォンが、唯一許された鮮やかな青。
 小さな島国の、ほそぼそと続く王家の末子として生まれたサンダルフォンは「生贄」として育てられ、生かされている。自分が王子、だという自覚が無くなったのは、早かった。
 神託、だとサンダルフォンを名指しした神官の言葉によって、十歳になったときから外界との接触を一切禁じられ、塔に幽閉されている。一日に二度。朝食と夕食が、サンダルフォンに届けられる。滑車装置によって運ばれるパンと水とスープの入ったボトル。これだけが、忘れられていない、自分以外にも人間がいるのだとサンダルフォンに思い出させる。
 人と会わなくなって、数え間違えがなければ六年になる。六年間のなかで、サンダルフォンはすっかり、諦めてしまった。なぜ、俺なのだろうと悲しみに暮れることもなくなった。恨むこともない。ただ、自分は死ぬために生かされてきた、死ぬことが役割なのだと割り切ってしまった。
 生贄なんてばかばかしいこと。因習、というべきものだと思っている。生贄を捧げようが、捧げまいが天災なんて来るときはくる。けれど、頭の固い年寄連中や、迷信を信じる国民たちに言ったところで無意味だと、諦めている。頭がおかしくなった、妄言だと切り捨てられることは想像に容易い。集団心理はおそろしいなとサンダルフォンはしみじみと、他人事のように感じる。
 一度だけ、考えたことがある。この窓から、飛び降りてしまおうか。やすやすと殺されてたまるものかと、むくりと考えたことがある。でも、結局、無意味に死ぬことがこわくて、足が竦んだ。
 カチカチと滑車装置の音。昇ってくる籠を受け取ろうとしたサンダルフォンは、水平線の果て、昇りかけた太陽を背負った、黒い影に気付いた。舟だ。珍しいことではない。島国であり、給油や輸出入の関係で船の出入りは多いくらいだ。それでも、ちらりとした不安が過ったのは、ぼんやりと見える船がどうにも隣国のものではないからだ。隣国から来る船にしては小さい。彼らであれば、何隻も連れ立ってくるものだ。何も、無ければいい。サンダルフォンは水の入ったボトルと、麦のパンを籠から取り出してから、自分の死をのぞみ、自分を殺す国民たちを案じた。案じたところで、サンダルフォンには何もできない。いつものように唯一の窓から海を見る。飽きることなく毎日見ている海はキラキラと、眩しいほどに輝いていた。



 降り立った小さな島国。補給や食糧調達を麾下に任せると、船長であるルシフェルは散策をしていた。南国らしい穏やかで陽気な気質の島民たちは、ルシフェルたちが海賊であろうと気にした様子はなく、それでいて、島国らしく、独自の宗教を確立している彼らはルシフェルの好奇心を刺激した。
 ルシフェルは海賊とはいえ、根っからの荒くれ者ではない。元々の出身は大国の貴族だ。そこから海賊に「落ちぶれた」理由はあるのだが、ルシフェルは特に気にかけていない。あちこちを気ままに行き来できる海賊暮らしを気に入っている。ある程度の知識が備わっているからこそ、なのか、生来の気質なのかルシフェルは学ぶこと、知ることについて貪欲だ。
 鬱蒼とした森を抜けた先を目指していた。引き寄せられるように、足が向かう。島を確認したときからルシフェルを惹きつける。
「これは……」
 灯台か何かだろうと思っていた。堅牢な、塔。ぐるりと見て回る限り、出入り口は見当たらない。目印か、あるいは宗教的な意味合いを持つ建物だろうか。ルシフェルは塔を見上げて、沈みかける夕陽を見つめる影に気付いた。影の主も、はっとしように引っ込んでいく。彼か、彼女か分からない人影。どのようにして塔に入ったのだろう、なぜ塔にいるのだろうと、ルシフェルの疑問は尽きない。疑問をぶつけようにも、影の主が出てくる気配も無ければ、ルシフェルが影の主を追いかける手段も何もない。
──この塔は、あの人影を幽閉するものなのだろうか。
 ルシフェルの中で一つの考えが湧き上がる。ならば、牢獄というべき役割だろうか、と思考を巡らしていたルシフェルはパキリと枝の折れる音、人の気配に気付いた。そっと、塔の影に隠れ様子を見る。現れたのは黒い、時折煌びやかな光沢がちらつくローブを羽織った老婆だった。手にしていたボトルとパンを、塔の上部から下がるロープに括られた籠に入れてさっさと帰っていく。籠は傍から見ればひとりでに、昇っていく。例の人影が、動かしているようだった。しゅるしゅると、空っぽの籠が降りてくる。矢張り、誰かが幽閉されている。
 ルシフェルは空っぽの籠と、垂れているロープを確認をする。とてもではないが、成人男性の重みを耐えられるような頑丈な作りではない。塔をじっくりと調べてみるも、出入り口になりえるような隙間もなければ、抜け穴も見当たらない。
 結局、日が暮れて麾下が心配するからと名残惜しく、後ろ髪をひかれる思いでその日は船に戻った。



 サンダルフォンがロープが揺れていることに気付いたのは偶然だった。風に揺らされているわけではない。なんだろうかと不思議に思ってロープを触れば、意思をもったようにぐいと引き寄せられるから、驚いて手を離す。あ、思わず口に出ていた。籠がするすると降りていく。誰か、いるのだ。それもいつも食事をもってくる人間ではない。今まで、この六年間、食事を運んできた人間は、必要以上の接触をしない。それに、食事係が来るにはまだ早すぎる。太陽も昇り切っていない、夜明け前の薄暗さ。サンダルフォンはおずおずと、手を伸ばす。
──この塔に住んでいるのだろうか
 戻ってきた籠に入っていた紙切れに書かれている整った文字。サンダルフォンは戸惑う。返事を書くべきか。窓から体を乗り出して、下を確認しようにも、薄暗い中、そして塔が影になっているようで、誰がいるのかまではわからない。この塔にサンダルフォンが幽閉されている理由をしらないとなると、島民ではない。船に乗ってきた、島外の人間だ。
 この島の悪習を、知られたくないと思う気持ちと、知っていて欲しいという気持ちがせめぎ合う。
 躊躇うなんて、建前で、サンダルフォンは、返事を書くためにと周到に用意されたペンを、手に取っていた。

 降りてきた籠の中身には、用意していたペンとメモがある。メモには、自身の書いた文章の下に、「あなたには関係ない」と小さく、神経質な、細い字が書かれていた。ルシフェルは面食らう。ペンまで用意しておきながら、期待はしていなかった。返信が、あるとは思っていなかった。
──この塔はなんのためにある?
──懲りないな
──きみはいつからここに?
──いつからだって、良いだろう
 つっけんどんではあるものの、誰ともわからない相手に対しても返信するあたり、生真面目な性格であるらしい。
──君の名前を教えてほしい
──サンダルフォン
 明確な答えがかえってきたのは、その一通だけだった。
 海賊として、追われている身分だ。あらぬ疑いがかからぬように、痕跡を残すわけにはいかない。名乗れないルシフェルに臆することも無く、名前を教えたサンダルフォンは迂闊なのか、真摯なのか、ルシフェルには分からない。
「サンダルフォン」
 声を出さず、口の中で呟いた名前は優しい音をしている。
 朝陽が昇り始めている。見上げた塔の小さな窓から、人影がゆるりと動いて見えた。



 島に滞在するのは、事故が無ければ、長くて五日。それ以上は、愛着がわいてしまうから、躊躇いがうまれてしまうから。船長である自身が課した規律であるにも関わらず、ルシフェルはこの島から離れたくないと、思ってしまった。サンダルフォンという、顔どころか声も、性別すら知らない存在に心を奪われている。
 たった数枚のメモ紙を通じてのやり取りだけ。それでも、ルシフェルの心を乱す。
 そんなルシフェルの心情を知らない船員たちは、そろそろ出航だろうと備蓄をふまえ食糧の調達を開始している。ルシフェルが言うまでもなく、滞りなく報告がされる。滞在して四日目のことだ。
 町の片隅にある本屋は、この四日間、毎日顔を見せるルシフェルにいらっしゃいと慣れたように挨拶をした。愛想が良いとは言えない男ではあるが、顔の良い男だ。ルシフェルがいるだけで、普段は閑古鳥が鳴く店が賑わいだす。今も彼を追いかけてきた若い娘たちがちらちらと彼の動向を探っている。
「今日はこれを頼む」
「はいよ……、兄さんたちはいつまでここにいるんだい?」
「明日には出るつもりだ」
 店主の問いかけに、ルシフェルはよどみなく答える事が出来ていた。船員たちは、のどかな島を十分に満喫したようだった。そろそろ、旅を恋しく想いだしている。食糧も確保できた。これ以上、島に留まる理由はない。ルシフェルは胸に抱いた僅かなしこりに気付かぬふりをする。
「そうか。今日の夜には祭りがあるんだけれど、なら、見られるね」
「祭り?」
「ああ。ぜひ見においでよ」
 店主がにっかりと笑って言う。うすら寒さを覚える笑みに、ルシフェルは気味が悪くなった。

 コンコンと鳴るドアに、サンダルフォンはどうぞと震えそうになるのをおさえながら、声を掛ける。とうとう、来てしまったのか。やっと、来たのか。赤い海を目に焼き付けながら、サンダルフォンは黒いローブを来た老婆たちと、護衛の兵たちに連れられて塔を後にする。きつく、縄が喰いこむ腕に、息苦しさを覚えながら、粛々と歩く。長い階段を下りて、地下を歩き、そして、昇る。
 人の気配がした。はしゃぐ声。笑う声。サンダルフォンには、何もかもが遠い世界。
 最期に、良かった。サンダルフォンという、名前の人間がいたことを、誰かにしってもらえて、良かった。

 日が沈みだすと、広場が賑わいだす。ルシフェルは出来た人だかりを遠巻きに見ていた。ランタンの灯りが何百の人影を作っていく。なにをするつもりなのだろうか。パチパチと火が燃えている。綺麗、と呼ぶにはなんの変哲もない。わっと湧く人々、そちらを見れば、真っ白な貫頭衣を来た青年になり駆けの、か細い少年が縛られながら歩いている。赤みかかった長い黒髪と、俯いているから顔はわからない。むき出しになっている手足は細いものの、傷のひとつもない。罪人という風貌ではなかった。
 組み立てられた木製の十字に磔にされる。
「なに、を」
 いやな予感がした。
「火を!」「火を!!」
 人々が、口ぐちに、狂ったように火をつけろと叫ぶ。ルシフェルの戸惑いは熱気にのまれた。ローブを来た人間が、松明に火をかざす。黒いローブが、ちらりと光沢を帯びる。見覚えがある。
「まさか」
 サンダルフォン。声を付け忘れて呼び声に、誰も気付くことはなかった。ルシフェルは走り出す。



 火を、火を。サンダルフォンにとって、命を奪う火は、彼らにとって平和な未来のための、神聖な炎であるらしい。悲しいのに、笑ってしまう。なのに、涙が出る。火が近づく。赤。赤なんて、嫌いだ。
「キャア!?」
 遠くで、悲鳴が聞こえた。それから、何をする!止まれ!と、怒声が続く。何があったのだろうと、いっこうに近づかない熱に不思議に思いながら、身動ぎひとつとれない状態では、何もわからない。かと思えば、十字に縛られていたロープが、ぷつりと切られる。長く磔られていたために、手足にはまともに力が入らない。崩れ落ちかけた体を、支えられる。
「サンダルフォン、行こう」
「どうして」
 切羽詰まった声は、サンダルフォンの言葉に応えることはない。サンダルフォンの細い腰を片腕で抱き上げて、剣を振るう。追いかけてくる衛兵たちも片手剣で簡単に伸して、森を掛ける男。銀色の髪が、さらりとサンダルフォンの頬を掠めた。
「待ってくれ! 俺は、行けない!」
 森を抜けた先。海が目前に迫ったところで、サンダルフォンははっとしたように声を荒げて、手足をばたつかせる。暴れる、けれど長い幽閉生活でまともな運動もろくにしていない華奢な手足では、海賊として修羅場を潜り抜けてきた男にはかなうはずもない。ぜいぜいと、息もたえたえになりながら、サンダルフォンは懇願する。
「頼むから、かえしてくれ」
「……きみは、あそこで死ぬというのに。殺されるというのに、それでも、戻るというのか」
 男がやっと、口を開いた。死ぬ。生贄と言い換えることのない、あるがままの言葉に僅か、サンダルフォンは言葉に詰まる。分かっていることだった。受け容れていたことだった。けれど、人に言われたことはなかった。サンダルフォンは怯みかけて、自分を叱咤する。それがどうしたと、開き直りである。
「それが、俺の役割だ。そのために、今まで、生きてきた」
「だめだ。サンダルフォン、それは、そんなことを、私は、許すことが出来ない。認めることができない」
「どうして、」
 男の声が、言葉が、胸に刺さる。サンダルフォンを、案じる言葉。だからこそ、辛い。苦しい。どうして、今になってと、今更になって。
「あんたに、そんなこと決められる理由はない!」
 六年間を、否定される言葉だった。誰も、悲しんでくれなかった。誰も、惜しんでくれなかった。誰も、サンダルフォンの名前を呼ぶ事は無かった。だから、諦めることができた。自分にはその価値が無かったのだと、だから、生贄として、命を捧げることを唯一、自分の意味だと誇りに思うことで、サンダルフォンは生きてきた。むきになるサンダルフォンに対して、男は冷静だ。むきになっているから、冷静だった。
「私は、海賊だ」
「だ、から……? なんだって言うんだ」
 海賊。荒くれ者。知識はある。けれど、どうしても、自分を攫っておいて、儀式をめちゃくちゃにしておいて、この男と、言葉が結びつかない。
「掠奪者だ。だから、きみを攫う」
「おい!」
 それ以上、サンダルフォンの言葉を聞きつけないとでもいうように、抱え直して走り出す。口を開きかけて、舌を噛んだサンダルフォンは、遠ざかっていく祭儀場を見つめて項垂れる。死ななければ。なのに、生きていいと望まれて、戸惑ってしまった。そんな言葉、無視すればいいのに、気付いてしまった。サンダルフォンは、誰かに、生きていていいと、言ってほしかった。
 遠く、松明を持つ人影が見える。追いかけているのだと気付く。追いついてほしい。逃げ切ってほしい。混ぜこぜの感情に、サンダルフォンの口はからりと、乾いていた。



 見張りをしていた配下は、目を丸くした。追手はまだ、浜辺までたどり着いていなかった。飛び乗るや、出航だ! 高らかな声に、低い声が「おう」と応えた。星明りの下、船が動き出す。サンダルフォンは茫然と、夢なのだろうかと思いながら、月光を帯びた白銀の髪をした、名前を知らない青年を見る。サンダルフォンの視線に気付くと、命令を下していた時とは異なる顔を見せる。窺うような、気を遣うような顔だ。そんな顔をするくせ、サンダルフォンの制止は聞かなかった。
「あんたは、何がしたいんだ」
 救われた、のだろう。助けられたのだろう。あの時、一瞬、魔が差した。サンダルフォンは、死にたくないと、ちらりと、思ってしまった。けれど、生きたいと願ってはいなかった。死にたくなかっただけ。死ぬために生きてきて、死ぬことを望まれてきた。サンダルフォンには、分からない。どうやって、生きるのか。理由なく、生きる方法を、誰も教えてはくれなかった。
「私はただ、きみに生きていて欲しい」
「あんたには、関係ないことだろう」
 まったく、理解が出来なかった。遠ざかっていく、生まれ育った島を見つめる。その瞳には、悲しみは宿っていない。喜びも宿っていない。漠然と、不安と困惑が浮かび、揺れる。
 寒気に、小さなくしゃみ。
 薄手の貫頭衣一枚という、決して夜の船出に適しているとは言い難い服装なのだから、仕方のないことだ。当然の、生体反応だ。生きているから、仕方ない。
「気が付かなかった」
 慌てたように、自身が身に着けていたコートをサンダルフォンに着せる男は海賊だ。戸惑いなく、躊躇うことなく、衛兵を斬り捨てた男。島に伝わる代々の儀式をむしゃくちゃにした。だというのに、今こうして、目の前でサンダルフォンの体調を気遣う。
 黒いコートはぶかぶかだった。それでも、潮風に晒されていた体には有難かった。
「最近、籠に入ってた手紙は、あんただったのか?」
「ああ」
「そう、か」
 名前を知っていた理由に、納得をした。けれど、なぜ自分を攫ったのかわからない。名前は知っていても、それだけ。決して愛想のいい手紙ではなかったし、何より、たすけてなんて一言だって書きはしなかった。
 ぽつぽつと島の在り処を示していた明かりは、どこにも見えない。島の輪郭は、宵闇に溶けている。
「……売ったところで、二束三文にもならない」
「そんなことはしない」
「どうだかな」
「きみを、手放すつもりはない」
「ああ、慰み者か。趣味が悪いな」
「ちがう」
 くつりと笑ったサンダルフォンのコートを握りしめていた冷たい手を、ルシフェルが覆う。剣を握る手の平は、硬く、書き物をする指先は平たんではなく、ぼこりとしていた。信じてみたいと思う気持ちが、芽生え掛ける。気の迷いだと自制したくても、心は拠り所を求めている。理由が欲しい。生きていいなんて、漠然とした理由ではない、サンダルフォンでなくてはならない理由が欲しい。
「言っただろう、私は海賊だと」
 サンダルフォンに言い聞かせるように、優しい声。甘い声。
「……足手まといにしかならないぞ。どうせ、後悔するさ」
「するものか」
「あんたは、意外と強情なんだな」
「強情? 初めて言われた」
 嘘ばっかり、そう言って、サンダルフォンは笑う。
──はじめてだった。何も考えることなく、欲しいと思った。何をしても、手に入れたいと思った。いつもはどうだった。何かを望んだだろうか。美しいと思った宝石も、美人だという女奴隷に対しても、何も思う事は無かった。手元に置いておきたいなんて、思わなかった。
 彼だけだ。サンダルフォンだけだ。
「きみは、私のものだ。私が死ぬまで、死んでも、永遠に」
 サンダルフォンは、目を丸くした。繰り返す。理由。サンダルフォンが、生きている理由。生きていていい、理由。
「あんたの、ものなのか?」
「ああ……。だから、たとえ、君の意思であっても、死ぬことは許さない」
「ずるい言葉だな……。けど、良いよ、あんたのものだ。これから。あんたが言うなら、死なない」
「それから……、私のことは、ルシフェルと、呼んでほしい」
「それは命令か?」
「違う。これは、お願いだ」
「変な奴」
 攫っておいて、おかしな道理を押しつけておいて、今更になって「お願い」だなんて言われて、肩肘を張っていたサンダルフォンが、つい、笑ってしまう。いつぶりだろう。笑ったなんて、それに、こんなに喋ることなんて無かった。今更になって、顔のあちこちが痛んだような気がした。
「ルシフェル」
 此れで良いか? 言いかけた言葉は呑みこんだ。ルシフェルが、あまりに、困ってしまう程に嬉しそうに、優しく、はにかむものだから。物に対して、なんて笑い方をするのだ。サンダルフォンは恥ずかしくなって、顔を真っ赤にして、俯こうとしたのに、ルシフェルから、目を離せない。

2018/11/15
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