ピリオド

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「こんにちは、ルシフェルさん」
「こんにちは、サンダルフォン」
 中庭のベンチに座っていたルシフェルは、声のした方を振り向いて花が開いたような微笑みを浮かべる。同性と分かっていても、サンダルフォンはつい、見惚れてしまった。ひゅるりと風が吹く。冬を運ぶような、冷たい風だった。
「冷えてきましたね、何時から此処にいたんですか?」
「ああ、いつからだったかな……。」
「冬も近いんですから、風邪をひいてしまいますよ。中に入りましょう」
「そうだね」
 ルシフェルは名残惜しそうに、中庭を見てから立ち上がる。入院着としている白い服と相まって、何処までも白い姿に、サンダルフォンは眩しさに、目を細める。冬が似合う人だと思って、考えを振り払う。
「あそこの中庭は、冬でも咲く花があるんだよ」
 病室までの道すがら、ルシフェルは嬉しそうに言った。その言葉に、サンダルフォンも同じように少し調子を弾ませてそうですかと相槌をうつ。
 ルシフェルはサンダルフォンに自身の体について教えていない。けれどもサンダルフォンは聞かずとも、察したようにルシフェルを気遣う。彼にとってはきっと、ありふれた気遣いで優しさなのだろうということが分かる。ルシフェルは、それが嬉しかった。
 サンダルフォンについて、ルシフェルはあまり知らない。自分よりも年下であることと、知り合いが入院しているのだということだけ、ちらりと聞いた。自分のことも教えていないのに、あれこれ探るのも憚られた。
 数ある病室の中でも別格。特別患者専用の病室。その病室が、ルシフェルに与えられていた。ただっぴろい部屋で、まるでホテルの一室のようだと、サンダルフォンは通されるたびに思う。サンダルフォンには一生、縁の無い部屋だった。
「……来ていたのか」
 部屋に入るなり、ルシフェルが呟いた。見舞客が来ていたのだろうかとサンダルフォンはちらりとルシフェルを見上げるが、その顔は驚いているだけだった。嬉しいともなんともなく、ただ驚いている表情で、珍しいものを見た気分になる。サンダルフォンの視線に気付いたルシフェルが振り向いて、それまで見えなかった部屋の様子が見える。屈強なSPが数人控えている。その中央で我が物顔でソファに座っているのは、ルシフェルとよく似た男だった。
「父だよ、サンダルフォン」
 今だけは、名前を呼ばれたくないものだと、部屋の中からの刺々しい視線を浴びながら、サンダルフォンは曖昧に笑った。今日は帰りますねとルシフェルの制止も振り払ったサンダルフォンは、やってしまったという後悔と、己の迂闊な行動を振り返って、慚愧に堪えない。かといって、このまま逃げる場所なんてサンダルフォンには無い。頼るべき友人や知り合いはいない。サンダルフォンの帰る場所は、先ほどルシフェルの病室から苦々しく刺々しく、視線を送ってきた男の下以外にはない。勘違いとして、やりすごしてくれないだろうかなんて、甘い逃避は呆気なく砕かれる。
「まさか、お前とルシフェルが知り合いだったとはな」
 呼び出されるなり掛けられた、可笑しそうな声。その視線は詰るものに他ならない。冷たい視線を浴びながらサンダルフォンは頭を下げて、自分の足先を見つめる。敷き詰められているカーペットがあまりにもふかふかだからか、地に足がついた実感がない。耳が痛い程の沈黙。
「まあ、お前たちがどんな関係になろうが、元々の役割に変わりはない」
「……はい」
「お前はルシフェルのスペアだ。その肉体を維持し続けろ、決して損なうんじゃない。アイツに、万全なものを差し出せ」
 サンダルフォンが頷けば、興味を失ったようだった。サンダルフォンは部屋を出ると、与えられた部屋に逃げ込む。何もない部屋。客室といわれても否定できない、サンダルフォンの気配がない部屋だけれど、それでもやっと、生きた心地を覚える。どっ、どっと早鐘を打つ音が聞こえる。サンダルフォンはドアにもたれながら、ずるずるとしゃがみ込む。
「大丈夫。俺は、あの人のために産まれてきた。あの人に、全部差し出せる。大丈夫」
 自分に言い聞かせる。サンダルフォンは、ルシフェルのために生きている。ルシフェルのために調整されて、造られた肉体は、ルシフェルの予備パーツとして正常に稼働している。サンダルフォンにとって、唯一、産まれて、生きてきた証となる人は、素晴らしい人だから、サンダルフォンは、その役割に誇りを持っている。あの人のために、死ねることは嬉しいこと。あの人が気付かなくても、あの人の一部になれる喜びだけで、サンダルフォンは死ぬために生きていける。
「冬に咲く花っていうのは、見ておきたいかな」
 それまで、もう少しだけ、生きていたいなと目の奥の熱を誤魔化しながら呟いた。

2018/09/10
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