ピリオド

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 霧の深い、森での戦闘だった。雑魚を片付けていくなかで、巨体な魔物が出現した。依頼内容には書かれていないようで、団長が慌てて指示をだす。視界の悪いなかで、何処からともなく出現する爪に翻弄され、僅かに負傷する。其処まで大きな傷ではない。魔物自体も、巨体とはいえ、今まで相手にしてきたものに比べれば弱い部類に入るはずだ。けれど、視界の悪さが魔物を有利にする。魔物が向けている意識に気付くと、叫ぶより早く、団長と魔物との間に入り込む。魔物の爪が背中を裂く。痛みよりも、燃えるような熱さに思わず、低い声が出た。
「サンダルフォン!!」
 悲鳴に、遅れて襲ってきた痛みを耐えながら、余所見をするなと憎まれ口をたたく。心配をさせるまいと笑みを浮かべていたつもりが、それは引きつったもので、団長の不安を煽るものでしかなかった。思わぬ失態に、舌打ちをした。顔を青褪めさせた団長が、すぐに回復役に指示を出そうとしたのを制して、魔物に向き合う。傷口は塞がり始めているし、まだ、戦闘は続くのだから、いざという時のために回復役の力は温存させておくべきだ。
「でも血が」
「君たちとは造りが違うの、さ!!」
 剣を構えて、魔物に突っ込む。魔物が暴れる。鋭い爪が皮膚を裂き、振り回された尾が体を打ち付ける。骨が軋んだ。叩きつけられた体は、それでも、まだ、立ち上がれる。団長たちの後方からの支援もあり、どうにか、巨体は地に伏した。汗を拭う。皮膚は、内臓は、骨は、再生をしている、何も問題はない。まだ、戦える。
「さぁ、終わらせようか」
 帰ったらシャワーを浴びたい。流石に汗や血、砂埃まではどうにもならない。何か言いたげな団長の視線を背中に感じながら進む。飛び出してきた魔物を斬り捨て、依頼を終える。あっけないものだ。あんな魔物のことは聞いてないんだから、ちょっとは弾んでもらわないと!! と意気込んで、依頼主へ報告に行く団長たちと別れてグランサイファーに戻るなり、待機を命じられて居たルシフェルと出会ってしまう。面倒くさいのに見つかってしまったと、気付かなかったふりをしようとして、眉をひそめたルシフェルに腕を引かれる。力の加減を知らないのか、骨が軋む、腕を砕くつもりなのではないかと疑ってしまう。
 ルシフェルに与えられた部屋は、彼に似つかわしくない、質素な、グランサイファーではありふれた造りの部屋だった。腕を振り払おうとするが、力が弱まるだけで、掴まれたままだ。掴まれた腕には、きっと、手形がくっきりと残っているのだろう。日が傾き始めている。食事当番が準備をはじめたらしい。ギスギスとした室内には場違いの、胃袋を刺激する香りが漂い始めている。はやく、シャワーを浴びたい。室内に差し込む夕陽に目を細めて、見下ろしてくる蒼穹を、見上げる。
「腕を離してくれませんか」
「離したら、逃げるだろう」
 そうですねと言いかけてつぐむ。
「また、無茶な戦い方をしたのでは?」
「それがなにか? 貴方には関係の無いことでしょう」
 もう、役割は無いのだからと付け足すと、腕に力が込められた。思わず呻いてしまうと、はっとしたように力が緩まり、すまないと声を掛けられるも、腕は掴まれたままだ。さっさと離してほしい。いつまでも、この問答を続けるのにも飽き飽きとしていた。復活を果たしてからというものの、ルシフェルは戦闘から帰還した姿を見掛けるなり、こうして連れ込み、説教のような、窘めるようなことを繰り返す。平行線を辿る問答に、何の意味も無いということを、とっくに理解しているであろうに。矢張り、ルシフェルのことは理解できない。
「きみの戦い方は、良くない」
「特異点は無事なのだから良いでしょう?」
「けれど、きみがそのように傷ついては」
「俺は、彼らよりは、丈夫ですから。貴方が造ったのだから、知っているでしょう?」
 誰よりも良く知っている創造主にわざわざ言うことでもないかと、自嘲する。その笑いが気に障ったのか、眉をひそめるルシフェルに、恐れを抱くが、それを仕舞い込む。
「君が傷つく姿を見たくはない」
 またそれかと、暗鬱な気分になる。無様な姿を見たくないのならば、目を閉じればいい。俺を視界に入れなければいい。俺が何処にいようとも、隠れていようとも、わざわざ探し出すのを、止めればいい。心の奥底に溜めこんできたものが吐き出される。口にしたところで、無駄だとわかっていても、溢れて、ほろほろと零れていく。止められない。
「求められることが当たり前のあなたには、理解できるはずがない。誰かに必要とされたい、求められたいという気持ちが、理解できるはずがない」
「私が君を必要としていても?」
 思わず、笑ってしまった。体をくの字に曲げて笑ってしまう。ひぃひぃと笑って、やっと収まって、目じりに浮かんだ涙を拭いながら、ルシフェルを見上げる。センスは悪いけれど、この人でも冗談を言えるらしい。
「今更、何を言っているのですか?」
 何かを耐えるように目を閉じた表情には、見覚えがある。
「私たちには、言葉が足りないと言われた。だから、拗れるのだと。もっと、話し合うべきなのだと」
「ああ…… 特異点ですか? そうだな、団長なら、そういうことを言いそうだ」
 大勢を率いているとはいえ、まだ子どもである姿を思い浮かべる。なんだかんだと人の良い団長は、天司長に対しても真摯に己の考えを告げたのだろう。特異点、きみは知らないだろうけれど、言葉をいくら交わしたところで、どうしようもない存在というものがこの世にはある。言葉を交わしたところで無意味で、永遠に分かり合えない存在がある。
「私には、きみのことが分からない。分からなく、なってしまった」
「貴方にしては、ナンセンスな言葉だ。一度だって、あなたは俺を分かってなんかいない。分かった"つもり"でいただけだ。あなたに俺は理解できないし、俺にはあなたが理解できない。言葉を重ねたところで無意味だ。けれど、それに不都合があるのか? あなたと、俺は、違う。ただそれだけのことだ。それで良いだろう?」
 腕を振り払い、擦る。サンダルフォン。名前を呼ばれて、見上げた瞳は、俺を憐れんでいるから、何を言ったところで無駄だと改めて思い至る。理解もなにもありはしない。
 何を言ったところで、聞き入れはしない癖に!!

2018/06/06
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