ピリオド

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 ルシフェルとサンダルフォンが、中庭で会っている、という報告は受けていた。ルシフェルが持ち寄ったという、珈琲というものを飲んでいるという。そのために、サンダルフォンは、実験の空き時間に珈琲の研究をしているらしい。サンダルフォンから時折香るものは、珈琲だったのかと思いながら、その程度のことなら、何も言うことはないし、態々、報告を受けることでもない。ルシファー自身は、中庭へ立ち寄る理由も、目的も皆無なのだから、顔を合わせることもない。そう、思っていたのに、研究に行き詰まっていたルシファーが足を止めた先には、中庭の中央に設置されたテーブルに、突っ伏しているサンダルフォンがいた。微動だにしないサンダルフォンに、ルシファーは近づいた。サンダルフォンの役割、使い道にはとっくに、見切りをつけていたのだから、何があろうと、何が起こっていようと、ルシファーには支障がない。だというのに、態々近付いた。それから、おい、と声を掛けようとして、らしくもなく、ためらってしまう。
 ルシファーを前にしたサンダルフォンは、これから死地へと赴くような悲壮さと絶望で、顔を強張らせていた。それを前にしたところで可哀想に、なんて同情を抱くことも無ければ、取って食う訳でもない、検査目的だというのに怯えられたものだと思う程度だった。ルシファーにとって、サンダルフォンとはその程度なのだ。自分で造ったわけではないから、思い入れも無い。ただ、自身が手塩にかけて造ったルシフェルが造ったものだからと、抱いた、僅かな興味も無くなっただけだ。突っ伏していたサンダルフォンが身動ぎをする。息苦しかったのか、腕を枕にしたまま横を向く。収まりの良い場所を見つけたのか、また寝息を立て始めた。表情がよく観察できる。
(こういう顔も、出来るのか)
 ルシフェルを前にした時とも、少し様子が違う。ルシフェルを前にしたサンダルフォンは喜びを浮かべているものの、緊張も共にあった。天司長であり、創造主を前にして緊張の欠片も無い、なんていう図々しさは無いようだった。その緊張に、ルシフェルが気付いていないのがルシファーには笑いものだった。
(何を、夢見ているのだろうか……。星晶獣は、夢を見るのだろうか)
 穏やかな寝顔だった。長年、目にしたことも無い、記憶の彼方にあるような、苦痛も、怒りも不安も、何もかもから解放された、安心しきった表情に、らしくもない、何の役にも立たないことを考えてしまう自分に倦む。疲れているのだから、仕方がないのだろう。疲れているから、体は勝手に、脳の指令を無視して動いてしまう。
 ルシフェルに連れられたサンダルフォンを初めて見たとき、何故この身体設定にしたのだろうかと、ルシフェルに対して、その思惑をはかりかねた。役割を告げていないとはいえ、戦闘に適しているとは言い難いような肉体と精神の、何もかもがルシファーの理解を超えるものだった。完璧であるルシフェルが造ったものとしては、不完全なサンダルフォン。その、幼さの残る肌に触れて、柔らかさを知る。検査のために、何度も触れたことはある。けれど、こんなにも、柔らかかっただろうかと思い、ああ、強張らせていないからかと納得をする。滑らかな肌は、思っていた以上に触り心地が良く、だんだんと大胆に触れていた。指先でおそるおそると、遠慮がちに触れていたはずが、手のひらで頬を包み、指先で目じりをなぞる。ルシファーの手のひらでもすっぽりと覆えるほどの小ささ。手袋越しに、温もりが伝わる。ルシファーの冷え切った手には、丁度良い温度だった。
「ん……」
 身動ぎと、ひくひくと動いた瞼にひやりとした。頬を撫でていた手を引込める。何をしていたのかと、自身の無意識を恐ろしく思いながら、サンダルフォンを見下ろす。相変わらず、能天気な寝顔を晒している。その姿に、胸を撫で下ろした。
(別に、嫌い、なんて思ってはいない)
 そうだ。ルシファーは嫌っていない。サンダルフォンという個に対して、嫌悪を抱いた事は無いはずだ。使い道がないから見切りをつけているだけで、個人的な感情は乗せていない。ただ取捨選択をしたときに、不必要になっただけだ。それに、ルシフェルに対して浮かべるような表情や、思慕を隠し切れていない視線に、寧ろ、
「……くだらんな」
 仮眠を取るべきだろうと、中庭を後にして自室を目指す。疲れているから、睡眠が足りていないから、らしくもないことばかりを考えてしまうのだ。手のひらの感触は、既に忘れていた。自室から中庭まで遠い。その距離をわかっていて、頭にあって、なぜ無意識とはいえ、中庭に足が向かっていたのか、僅かにもたげた感情には気付かないことにする。気付いてはならない感情だ。全て、疲れているから、勘違いをしているのだ。
(……サンダルフォン)
 名前を呼ばれて、肩を揺すられて、サンダルフォンはぼんやりと、深くて暖かなところにあった意識を浮き上がらせる。ふぁあと小さな欠伸を笑われて、今度こそ、目が覚める。そして影がつくられていることに気付くと、その先を見つめて声を荒げてしまう。
「ルシフェルさま!?」
「おはよう、サンダルフォン。何か、夢を見ていたのだろうか」
 笑っていたよ、と言われて、サンダルフォンは間抜けな寝顔を晒してしまったに違いないと、羞恥に消え入りそうになりながら、夢を思い出そうとする。けれど、
「は、はい。覚えてはないですけど……。優しい夢、だったと思います」
「そうか」
 はにかむサンダルフォンの頬を、ルシフェルが撫でる。その感覚に既視感を抱いたけれど、いつも触れられているのだから、そういうものなのだろうと、思い過す。だって、優しい触れ方をする人は、この人だけだから。

2018/06/05
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