ピリオド

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 鼻に突く鉄さびのような臭いと、耳をつんざく悲鳴。地獄のような光景を、当然と受け入れることは、サンダルフォンには出来ない。傷付けられた同朋の、縋るような目は、どうしてお前はのうのうと生きているのだと、サンダルフォンの柔い心に、ひっかき傷を残していく。
「おい、さっさとこれを始末しておけ──次!!」
 研究員の声に、サンダルフォンはたじろいだ。研究員もまた、それまでの機械のように淡々としていた作業を止めると、袖のない検査着をまとうサンダルフォンを見るなり、動転したように、しきりに手元の資料を確認する。それから、身体を竦ませるサンダルフォンを余所に、同朋に声を掛けた。
「たしか、ルシフェルが造ったやつだろう? 使っていいのか?」
「許可は出ているから、構わんだろう。ただ、ルシフェルに勘付かれるな、とのことだ」
「あれの"お気に入り"だからな」
「あっち用に使ってるんだったか? なら、俺たちも使ってみるか」
「悪いが、俺には獣姦の趣味はないな」
「俺にもないさ」
 下卑た会話に、羞恥と怒りに、サンダルフォンは顔に熱が溜まるのを感じた。好き勝手を言わせておけば、恥を知れと、怒鳴り付けたくなった。けれど、そんなことをすれば、敬愛するルシフェルの名を傷付けることにもなるから、サンダルフォンは下げた手を拳にして、耐えた。爪先が手のひらにめりこみ、肉をえぐる痛みに意識を向ける。
「おい、さっさと用意をしろ」
 声を掛けられて、サンダルフォンは実験台に上がると横になる。鏡になっている天井にうつるサンダルフォンは、先ほどの憤まんや恥ずかしさが嘘のような、青褪めた顔で怯えている。そんな自分から、目を逸らした。研究員がサンダルフォンのむき出しの腕をとると、注射針を差し込んだ。ちくりとした痛みに眉をひそめてしまう。メスを取り出した研究員は、白い腕に小さく切り込みを入れるが、何も感じない。その様子に満足をした様子を見せると、その身に似合わない剣をとり、固定されたサンダルフォンの肩に振り下ろした。鮮血が、天井のサンダルフォンすら染めている。
「……動きづらいな、これは」
 長い回廊を歩きながら、サンダルフォンはため息交じりにぼやく。両腕の無い身体は、バランス感覚がとり辛く、ふらりと傾いてしまう。神経を費やして歩く内にぽたりと汗が滴っていく。その汗を拭おうと肩を動かしたところで、思わず、不作法にも、舌打ちをしてしまう。普段ならなんてことのない自室までの道のりが遠い。柱に身を預けて息を整える。ひやりとした柱の冷たさが心地よく、目をつむり、一息つく。だから、気付かなかった。
「サンダルフォン」
「ルシフェル様!?」
 浮かべた喜色は一瞬で、戸惑いに変化する。暫くは研究所には立ち寄れないから、それまで息災でと告げた人が、どうしてここにいるのかと、平常であれば喜んで駆け寄るのに、今は戸惑いが大きく、視線から逃れるように身を捩る。それでも、ルシフェルの瞳から逃れられない。
「その姿は……」
 ルシフェルの手が、サンダルフォンの肩を掴む。骨が軋む痛みに、サンダルフォンは上げかけた悲鳴を呑みこんだ。険しい顔をしたルシフェルを、サンダルフォンは知らない。サンダルフォンにとって、ルシフェルは何時だって優しい人だった。けれど、そんな人を、怒らせてしまった。失望させてしまった。与えられた肉体を、粗末に扱ったのだと、思われてしまった。サンダルフォンは、瞼の奥に、ツンとした痛みを感じて、俯き、言葉を待つ。
「……はぁ」
 重いため息がサンダルフォンの前髪をかすめ、肩が跳ねる。
「私の部屋にきなさい」
 絞首台にのぼるような面持ちで、後を追う。隣、なんて、歩けはしない。
 ルシフェルの部屋に通されたのは初めてだった。サンダルフォンの部屋よりも広く、また、サンダルフォンが知る由もないが、一部の星の民よりも広いつくりをした部屋だった。それを気にする余裕は、今のサンダルフォンには無い。サンダルフォン、と名前を呼ばれてルシフェルに近づくと腰を抱き寄せられる。両腕がないだけで、随分とコンパクトになったサンダルフォンを膝に降ろしたルシフェルは、サンダルフォンの抉れた、僅かに、骨が突き出た肩先をなぞる。二人分の体重に、ソファが深く沈む。身を縮こまらせたサンダルフォンの肩口に、ルシフェルは顔を寄せて、何をしようとしてるのだろうと、不思議がるサンダルフォンを余所に、唇を落とす。
「ひっ」
 くすぐったさもあったが、それ以上に、敬愛する人に、醜いものに触れさせてしまったことが、許せない。
「汚いですから」
「私が造ったきみの身体に、汚い部分なんて、ありはしないよ」
 おやめくださいと、言葉が出てこない。口はわなわなと震えて、ルシフェルが傷口に唇を落とす度に、背筋を何かが這い上がる。サンダルフォンは、自分のものではないような、上擦った声が出そうになるのを、唇を噛んで耐える。
「サンダルフォン、唇が傷ついている」
「!?」
 唇を舐められると、僅かに、ぴりりとした痛みが走るが、それも一瞬のことだった。傷の無くなった唇に、ルシフェルは満足な表情を浮かべて、けれど、視線を降ろした先。検査着の肩口からのぞく切断面を見て、その表情は薄れていく。羞恥で死にかけているサンダルフォンを余所に、ルシフェルは労わりながら、肩口を撫でる。
「特別な素材で切断しているのだろう……。すぐには再生しないようだ」
「申しわけありません、ルシフェル様。いただいた肉体を、こんな風に……」
「サンダルフォンは何も悪いことなんてしていないのだから、謝ることはないよ。研究員に命じられれて、抵抗出来なかったのだろう」
 自分なんかを、気にかけてくれることに嬉しさが隠せない。頭を撫でられ、サンダルフォンはその手にすり寄る。その姿を愛しく思いながら、ルシフェルは胸をざわつくものを探ろうとして目を閉じた。
「ルシフェル様? どうか、なさいましたか」
「なんでもないよ、サンダルフォン。暫くは、私の部屋で過ごすと良い」
「そのようなご迷惑をおかけする訳には」
「迷惑だなんて思っていないよ」
 ルシフェルの部屋に近づくものは、星の民といえども、存在しない。今はその状況が喜ばしい。困ったような顔をするサンダルフォンに、良いねと念入りに確認をすると、おずおずと頷いた。まだ不安な様子を見せるサンダルフォンを憐れにおもいながら、この部屋にいる限り、サンダルフォンを傷付けるものはいないことに、心が満ち足りた。

2018/06/04
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