ピリオド

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 本来、ルシフェルは睡眠を必要としない。朝だろうが、夜だろうが、関係なく活動を続けることを想定した肉体設計をされている。しかし、特異点率いる騎空団に身を寄せるにあたり、空の民たちの生活サイクルに合わせるようになった。夜は、眠り。朝は、起きる。そのサイクルに合わせてサンダルフォンと挨拶をすることを、ルシフェルは好ましく感じるようになっていた。サンダルフォン自身には、まだ蟠りが残っていることを、戸惑いがあることを理解している。それでも、朝、目覚めてから「おはよう」と言って一日を迎えると、その日が素晴らしいものになる。夜、眠る前に「おやすみ」と言って、夢を見ると、次の日が待ち遠しくなる。空の民の習慣に、ルシフェルは感嘆した。
 そろそろ眠ろうかと、本を閉じる。恋愛小説といわれるものは、団員の一人が面白いからと手持無沙汰だったルシフェルに押し付けたものだった。男女のもどかしい恋愛や、登場人物の波瀾万丈な過去、先の読めない展開が売りであるらしい。面白い、というものかは分からないものの、感情表現についてはよく学べる教材である。サンダルフォンの気配は、彼の自室にはない。探ると、甲板にある。
(そういえば、酒宴を開くと言っていたか)
 サンダルフォンはあまり、大勢の中が得意ではないようだったと記憶している。今回の酒宴にも、声を掛けれれていた姿を見たものの、乗り気な様子ではなかった。けれど、ルシフェルの知らない時間を過ごすなかで、変わっていったのだろうと、彼の成長を歓迎すると同時に、寂寥感に苛まれる。それを、いけないと思いながら、ルシフェルは、自分が顔を出していいものかと逡巡し、せめて顔を見るだけでもと部屋を出た。廊下は物音ひとつなく、静まり返っている。けれど、甲板に近づく程、ざわざわとした喧騒が、大きくなっていく。
 甲板に顔を出すと、中央の方で元々は輪になっていたのだろう集団があった。既に酔いつぶれたのか寝転んで高いびきを書いている一団や、飲めや歌えやと上機嫌になっている一団。飲み始めてから随分と経っているらしい。サンダルフォンはどこだろうかと、探しているとふらりと影がよろめきながら向かってくる。
「るしふぇるさま……」
「サンダルフォン?」
「あ、やべ」
 誰かがしまった、というように呟いたのをルシフェルは聞いた。それから、まだ冷静な、酒に飲まれていない一団が、はらはらと見守るなかで、ふにゃふにゃと笑うサンダルフォンだけが、酒宴の場に似つかわしくない殺伐、とまではいかないものの緊張感の走る空気に気付かずに、ふらふらとルシフェルの方へと向かっていく。おぼつか無い足取りで、ふらついたのをルシフェルが支えた。濃い酒気に、ルシフェルは眉をひそめる。
「随分と飲んでいるようだが……」
「おいしいです。おれはこーひーだから。ぎゅうにゅうはまっしろいから、くろいんですね」
 支離滅裂なサンダルフォンは、困惑するルシフェルにぺっとりと張り付いて、猫のようにふにゃふにゃと鳴いている。普段のシニカルな面影は何処にもない。そんなサンダルフォンのフォローをするように、成り行きを見守っていた団員が声を掛ける。
「酒は初めてだって言っていたんだ。毒だって効かないから、なんてことないって言ってたんだけどな」
 最初は軽いのから飲んでたわよ、と誰かが付け加える。
 ルシフェルは頭痛がした。思わず、片手で額を覆う。
「サンダルフォン、」
 子ども扱いをするなと、何度も言われたけれど、これは仕方ないだろうと、咎めようと、ルシフェルがサンダルフォンを見下ろす。少し表情がしかめっているのは、怒っていると表現しているのだが、相手は酔っ払いだ。サンダルフォンはルシフェルを見上げてふにゃりと笑う。悪意の無い、いつか見たものと同じ笑みに、口に出かけた言葉を呑みこんでしまう。サンダルフォンは、それから、ルシフェルの手をとると、ふにふにと、感触を確かめるように触れて、手をつなぐ。
「へへへ、るしふぇるさまだ」
 目を丸くさせたルシフェルに、サンダルフォンは背伸びをして、リップ音をおくる。それから、ふふふと笑いながら、ルシフェルの首に抱きついている。
 ひゅー、という冷やかしの声とともに、ルシフェルがかっと目を見開く。
 あたり一面が暴力的な白に包まれた。
「目がっ!! 目がっ!!!!」
「なによ……もうあさなの……?」


────翌日

 欠伸を噛みしめながら、ノックをする。ぴったりと閉じきった扉の奥からすすり泣く声とともに、ブツブツと声がする。朝じゃなかったらホラーだよと思いながら、
「サンダルフォン、出てきなよー」
「ころせ、いっそころせ」
「何があったのか知らないけどさぁ」
「たのむ、ころしてくれ、ころせ……」
 羞恥で死ぬことはないし、きっと死なせてくれないと思うよ、と思いながら、後ろに構えていたルシフェルにバトンタッチした。お腹が空いたと思いながら背を向けると後ろからドタバタと音がする。グランサイファーが壊れないならもうそれで良いや。

2018/06/02
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