ピリオド

  • since 12/06/19
 指折り数えて、待ちわびた日がやってきた。興味深い内容だったからきみも読んでみると良い。そういって手渡された分厚い本はまだ読み切れていない。興味深い内容、であるとは思うが難しく、少しずつ読み進めている。今日に限っては、手に取って、目を通してもさっぱり頭に入らず、目が滑り、ページが進む事は無い。気もそぞろに扉をちらちらと気にしては、いまかいまかと期待に胸を躍らせる。話したいことや聞きたいことを、ぽこぽこと思い浮かべる。けれど、いざ目の前にすると、その半分どころか二割も口にすることが出来なくなってしまう。今度こそ聞こうと思っていたことや、話したいと思っていたことは、どんどんと増えていく。こんこんこん。サンダルフォンは三度のノック音に飛び跳ねて、すこしよろめき、ふらつきながら、駆け寄った。
「今開けます!!」
「……サンダルフォン、誰彼と確かめずに開けてはいけないよ」
 扉を開けるや否や、やわらかく、たしなめられて、ばつが悪くなる。貴方だとわかったから開けたのですと言いかけて、口答えのようなみっともない言い訳だと気が付き、彼の言葉を粛々と受け止める。叱られた子どもによく似た、しょぼくれた姿に、ルシフェルは微笑を浮かべた。素直な子だと、無垢な子だと、心がほんのりと温かくなる。その美しい微笑を間近を享けてサンダルフォンはほうと息を呑む。何度となく目にしても、慣れることはなく、顔が赤らむ。
「久しぶりだね、変わりは……」
 ないだろうかと続けられるはずの言葉は、不自然に途切れた。サンダルフォンは首を傾げてルシフェルを見上げ、言葉の続きを待った。ルシフェルは青い目を不思議そうに丸めてから、それからやああって、
「ああ、靴を変えたんだね」
 気付いてくださった! サンダルフォンは嬉しさとちょっとした気恥ずかしさに照れ笑いを浮かべる。以前のものは星の民の研究者から与えられたもので、僅かに踵が高くなっていたけれど、べったりと足裏全体で体を支えるつくりのものだった。使い心地は悪くはなく、不満はなかった。けれど、だんだんと欲が生まれた。ダメ元で、踵が高いものが良いと具申すると呆気なく採用された。与えられた、新しいショートブーツで長時間歩いた事はまだ無い。誰にも履いた姿を見せた事も無い。どうせなら一番にルシフェルさまにお見せしたいと、大切にしまいこんでいた。そんな些細なことでも気付いてくださったと、喜びを見せているサンダルフォンに対して、ルシフェルの表情はあまり芳しくはない。むしろ怪訝に、不安そうに、何かを案じている。
「随分と、踵が高いようだが……」
「貴方の見ているものを、少しでも見てみたいのです」
 ぱっと返してちょっと言い方が悪かっただろうかと、ちらと不安になった。体のつくりに不満を覚えた事は無い。不満を覚えるなんて不敬なことを考えるはずもないのだ。けれど、サンダルフォンよりも高い視線のルシフェルは、何を見ているのだろう、同じものを見てみたいと、欲深く願ってしまった。成長をすることのない肉体で、手っ取り早いのは靴を変えることだった。返された言葉に、ルシフェルはぱちりと目を瞬かせる。口にした言葉に気恥ずかしさを覚え、俯いたサンダルフォンはそれに気づかない。
「中庭ですよね、行きましょう?」
 焦った口ぶりで、足を踏み出したときにぐらりと体が揺れる。慣れない足元の体重移動に加えて、急いだものだから、もつれてしまった。サンダルフォンはうわと小さく悲鳴を上げ、痛みにそなえる。傾いた体を、ルシフェルが支えた。サンダルフォンは、ぎゅうとルシフェルの思った以上にかたく太い腕にしがみついて、誰に触れているのか、畏れ多くぱっと距離をとろうとするが、頼り無い様子をみせた足元にルシフェルが見咎めた。
「怪我はないだろうか?」
「はい……。すみません」
「怪我がないなら何よりだ。まだ履き慣れていないようだね、そのままつかまっていなさい」
「そんな! そこまでしていただくのは……。やはり、以前の靴のほうがいいですね」
 しゅんと肩を落とす。先ほどまで浮かれていた気持ちが嘘のように、胸に重い物がのしかかる。迷惑をかけてしまったという罪悪感が湧き上がる。息苦しさを覚えて、瞼の裏に鈍いものを覚える。自分ひとりだけ喜んで、かってなことをしてしまったと、今更になって後悔が浮かび上がる。目に見えて落ち込むサンダルフォンの目元にかかる髪を、ルシフェルがすくい上げる。そっとサンダルフォンは視線をあげた。穏やかな青い目がじっとサンダルフォンを見ている。
「いや、その靴はきみによく似合っているよ。それに」
「……なんでしょう?」
「きみの顔が、よく見える」
 頭がくらくら、目がちかちか、心臓がきゅうと痛い。ルシフェルさまがいらっしゃるのに、酷い体調不良を覚える。やっぱりこの靴はよくないようだった。けれど、ルシフェルさまは似合ってると褒めてくださった。どうしたら良いのだろうと脳がパニックを起こし、口をつぐむ。黙ってしまったサンダルフォンに、ルシフェルは、やはり顔が近いと表情がよく見えるなと、赤くなった頬を見て笑みを浮かべた。

2018/05/20
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -