時間を持て余すといやなことばかりを考えてしまう。自分はどうしてここにいるのだろう、役割はいつ与えられるのだろう。ぐるぐると答えの無い問いかけを繰り返していると、その思考を打ち止めるようにノックをされて飛び跳ねた。部屋を訪れる人の中で、ノックをする人物はたった一人しかいない。
入口に駆け寄り扉を開けると、思い描いた人がそのままに立っている。
「ルシフェル様、戻られていたんですね」
「変わりは無かっただろうか」
「はい、何も」
部屋に入ると後ろ手に扉が閉められる。
何もない部屋が一瞬で特別な場所のように思えた。
大きな手のひらが頬をつつみ、親指で撫でられる。暖かな手のひらにうっとりとしそうになる。
見上げた、常は穏やかで凪いだ目が何処か不安げに揺れていた。
不意に、顔が近づく。頬をつつんでいた手のひらは顎に添えられていた。近付く顔をそのままみつめると唇を食まれる。ふみふみと、くすぐったくて身じろぎそうになるのを耐える。ややあって、手と共に離れていった。
食まれた唇をなぞる。
「あの、これは?」
「気持ち悪くは無かっただろうか」
疑問は遮られてしまったが少し焦ったような声音に、ちょっと考える。今まで与えられたことのない行為だったが嫌悪はない。研究者による検査のための作業的な接触よりも、優しい触れ方は心が温かくなる。この人に触れられて嫌な事なんて何一つない。
頭をふり否定をすると、少し表情をやわらいだ。
また、顔が近づく。もう一度するのだろうかと思っているとこつんと額を合わせられる。
長いまつ毛が数えられる距離に、顔が赤らむのがわかる。
「ルシフェル様?」
何をしようとしているのだろう、何を求められているのだろうと不安になる。
「いや…… きみはどうか、このままで。今日は中庭に行こうか。友から許可をもらってきたから。きっと君も気に入ってくれる」
よくわからないまま、はいと頷いた。
この人の心に寄り添えるように、早く役割が欲しい。
「どうして…… 口づけを繰り返したのですか」
思わず、珈琲のいれられたカップを持って不自然に固まる。
かつて、何度となく、戯れの延長のように一方的に唇を触れ合わせたことがあった。彼は何も言わず受け容れていた。友と呼んでいた彼のいう通り、愛玩という扱いに等しいものだった。
今の彼は外の世界にふれて、学び、成長をした。
あの行為についても、どういう意味をもつか知っているのだろう。
彼に否定されることがとても、恐ろしかった。忘れられていることと思っていた。寂しいけれど、それで良かったのに、彼はしっかりと覚えている。
「もう、してはくれないのですか」
ちらりとのぞく赤い舌。蠱惑的に弧を描く口元から目を離せない。
2018/05/13