ルシフェルが口を開くときの一言目である。サンダルフォンは気付いていない。いっつも、ちょっと怒ったような顔をしてぶっきら棒に応えている。
彼らの数千年の蟠りはとけ切ってはいない。けれど、彼らは彼らなりの距離を少しずつ探っているので僕たちは生暖かくそれを見守っている。
依頼も受けていない昼下がりに、停泊した島で自由行動となっていた。買い物に繰り出すものもいれば、趣味に没頭していたり。僕はと言えば、完了した依頼の報告書も作り終わり、久々にすることがなかった。
ルリアやビィを誘って町の方へ行こうと思ったけれど、ルリアは女性陣とお菓子作りを、ビィはその見学をすると既に予定を入れていたのだ。僕は独り寂しく手持無沙汰に船を探検していた。
船をうろついているうちに、良い匂いにつられて食堂の方へふらふらと引き寄せられる。食堂の中心は女性団員が陣取っていた。テーブルにはこんもりとしたクッキーの山が積まれている。いくらつくったのか。なぜそんなにつくったのか。だれもとめなかったのか。脳裏をよぎる疑問は彼方へ放り投げた。
その地帯から少し離れたところにルリアとルシフェルがいた。ルシフェルの手には木製のトレーがあり、そこには二つのカップが乗っている。どうでも良いのだけどそれらは量産品の安物なのに、彼が持つとなんだかとっても価値のあるもののように思えてしまう。
「ルシフェルさん、よかったらお茶菓子にどうぞ、みんなで作ったんです」
「……有難く受け取ろう」
ルリアがラッピングしたクッキーを渡すとルシフェルは受け取っていた。かつてサンダルフォンが言っていたように、ルシフェルの雰囲気は確かに王様や貴族のようだった。グランサイファーには元王族だったり貴族だったりと、身分の高い人も乗っている。言い方が悪いかもしれないけれど、尊大に見えるルシフェルの雰囲気は彼らに近いものだった。
けれど、サンダルフォンさんと食べてくださいねとルリアが付け加えると、少しだけ雰囲気が和らかくなる。ルリアもそれに気付いているようで、顔をほころばせる。
「サンダルフォン、お帰り」
ルリアと向き合っていたルシフェルが此方を向いて突然言うものだから、吃驚してしまう。振り向くと、確かに町の方へ買い物に出ていたサンダルフォンがいるものだから、本当にびっくりした。
「ただいま戻りました……。そんなところで突っ立って、どうかしたのか」
「あ、おかえり。珈琲豆は買えた?」
「ああ。良いものを買えた」
満足げに言うサンダルフォンは紙袋を見せてきて、その仕草は少し子どもっぽい。
ルシフェルはとっくに気付いていたようで、ルリアに断るとこっち来る。僕は入れ替わるようにルリアに駆け寄った。
二人は二言三言交わすと食堂を後にした。
きっとルシフェルの持っていたカップには、これからサンダルフォンによるとびっきり美味しい珈琲が入る。
二人が向かい合って珈琲を飲みながら、ルリアたちの作ったクッキーを手に取る様子が目に浮かんだ。
サンダルフォンは不機嫌そうな、怒っているような"ふり"をするくせに、やっぱりルシフェルを前にするとふにゃふにゃになる。そしてそれはルシフェルも同じだった。
「ルシフェルさんってすっごく分かりやすいですよね」
「ね、どうしてサンダルフォンは気付かないのかな」
僕とルリアは顔を見合わせて笑ってしまう。
ルシフェルが優しく名前を呼ぶのも、駆け寄るのもサンダルフォンだけの特別なのだ。誰もが気付いているのに、サンダルフォンだけ気付いていない。だってサンダルフォンにとってそれは当たり前なのだ。それはとっても我がままな当たり前だけれど、それしか知らないサンダルフォンには分からない。そしてそれしか与えないルシフェルも我がままだと、たった十数年しか生きていない僕は思う。
「僕もクッキーもらっていい?」
「はい! たっくさん作ったんです!」
珈琲いれますね、そういってルリアはエプロンをひるがえした。ぐぅと小さくなるお腹に対して胸はいっぱいだった。
2018/05/09