ピリオド

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 おかしな夢を見た。光り輝く繭が目の前にあり、サンダルフォンはなんだろうと不思議に思いながら腕を伸ばす。暖かく、柔らかい。触り心地が気に入り、両腕で抱きしめた。抱きしめた繭はするりと溶けるように、サンダルフォンのなかに溶けていった。
 なんだったんだろうと思いながらも、いつしかそんな夢を見たことも忘れてしまった。



 じわじわと熱を持った痛みに耐えきれず、しゃがみ込む。がしゃんと手にしていたマグカップが床にはねた。
「ぅあ……あっ……」
 痛みに体を丸くする。寒気が背筋をはしり、冷たい汗が米神を伝う。
 鈍痛は感じたことのない激痛に変わり、サンダルフォンは呻き声を上げて臥せった。立ち上がるどころか、背を伸ばすことも出来ない。
「っひ」
 痛みに呼吸もままならず、浅い呼吸を繰り返す。
 幸いなことか、不幸な事か。孤児であるサンダルフォンの異変に気付く心優しい隣人はいない。
「あ、あっ」
 強く握った手は己の爪で傷つき、血が流れている。本来なら痛みを感じるその傷にも何も感じない。
「っーーーーー!!!!」
 一際酷い痛みに声なき絶叫を上げる。けれど、嘘のように痛みは引き、サンダルフォンはぐったりと床に身を投げ出す。なんだったのだと、ぼんやりとした頭で不意に─輝く何かを─見上げた。
 ぼんやりと光り輝いているのは、真っ白い翼に包まれおり一見すれば繭のようだった。見覚えのあるものだ。
 翼がゆっくりと開く。まさしく胎児のように丸まっていたその目が、ゆっくりと開きサンダルフォンを見つめると笑みをこぼした。
 それから光がおさまると緩やかに地に降りたつ、
 胎児だったそれはゆっくりと、乳児、幼年、少年、青年に変貌していく。
「ルシフェル、さま?」
「ああ、サンダルフォン。やっと、きみに触れることができる」
 しゃがみこみサンダルフォンの汗を拭った青年は、かつて敬愛し全て捧げた男に違いなかった。
 長時間の激痛に疲れ切っていた体はもとより、理解の及ばない展開にサンダルフォンは意識を失った。



 ルシフェルは床に倒れているサンダルフォンの背と膝裏に腕を差し込み抱き上げる。サンダルフォンは無意識だろうが、ルシフェルにすり寄った。その姿に笑みをこぼし、それから改めて部屋を見渡す。
 1人で暮らすにしてもあまりにも粗末な、言い方を変えれば質素な部屋だった。最低限の家具はそろえているが、生活感はない。
 ベッドに腰かけるとぎしりと、軋んだ。
 そのまま膝に落ち着かせたサンダルフォンの温もりに安堵した。
 かつて、滅びた肉体を再び得たとき、最初に見たのは声すら出せない程に泣きじゃくる蒼の少女と特異点だった。傷ついた彼らが泣いているのは痛みからではなかった。
 サンダルフォンは一時的な代理品でしかなく、一度きりの"使い捨て"だった。ルシフェルの復活のために、サンダルフォンは見事に、その役割を果たし、その生を終えた。
 それがルシフェルが知るサンダルフォンの最期だ。
 特異点も蒼の少女もそして彼らの仲間たちも誰もがその死を悲しんだ。一度は敵対し傷付けあった。それ以上に確かな絆が彼らとサンダルフォンには生まれていた。サンダルフォンはその死を悼まれる存在になっていた。ルシフェルが不在の長い時間に、何があったのか分からない。けれど。サンダルフォンは孤独ではなくなった。嬉しいことだ。
 だというのに、自分だけのサンダルフォンではなくなったことに、醜い感情を抱いた。戸惑いながら、その感情にふたをした。



 進化を司る役割とともに、天司長として復活した。そして、時間をかけて役割の全てを返上して役割のない天司というただの星晶獣となった。
 長い時間の果てに、かつての感情のふたをはずしてみれば、なんてことはない、ただの独占欲だけが残る。自分だけを見ていてほしい、自分だけの名前を呼んでいてほしい。
 あまりにも、手遅れな感情に失笑した。
「サンダルフォン」
 かつて何度となく呼んだ名を口にする。応える声も、笑みも何もない。
 空に浮かんでいた島は地に落ちた。人々は魔法も魔物も存在しない世界を創りだした。彼らは進化を遂げた。
 そして神秘の力が失われ、ルシフェルは肉体を顕現する力を失いただようだけの存在となった。
 そんな存在になっても眠りにつくことはなかった。眠ればもう二度と目覚める事は出来ない。そんな予感がした。
 この世界に危機が訪れても最早ルシフェルには何もできない。それでも、ルシフェルは生にしがみついた。ただ、生きてもう一度会いたいと願った。そんな時に、不意に愛しい気配に気付いた。
「そこに、いたのか」
 造った姿のまま、人として生まれたサンダルフォン。その姿を見つけたとき、もう一度、触れたいと願った。
 顕現することが出来ない今、触れることは出来ない。
───ならば同じく人としてならば?
 その考えが過っては消した。それでも、諦めることは出来なかった。
 造り上げた故に親和性の高かったサンダルフォンの肉体を母体として、生まれおちることを選んだ。天司としての最後の力で肉体を成長させて、人としてサンダルフォンと同等になる。
 サンダルフォンに掛ける負担を考えては踏みとどまった。其の度にこれが最後の機会だと悪魔のささやきが背を押した。
「私は、きみを傷付けてばかりいる」
 それでも、もう一度だけ、会いたかった。
 冷たい額に、口づけを落とした。祝福を込める力は無い。ただの欲望だけの口づけだった。

2018/04/23
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